美しく繊細な松本隆の歌詞、The東南西北「内心、Thank You」は失恋ソングNo.1 1986年 4月2日 The東南西北のセカンドシングル「内心、Thank You」がリリースされた日

ミュートマJAPAN が教えてくれた The東南西北 の世界

小学校6年生の頃、同じ転校生同士で仲が良かった友だちの “しだっち”。お父さんがオーディオ好きで、大きなステレオがあった彼の家には、音楽に目覚めはじめていた当時、本当によく遊びに行っていた。そんな彼の家でたまたま一緒に見ていた『ミュージックトマトJAPAN』から流れてきた「ため息のマイナーコード」のMVが、僕とThe東南西北との出会いだった。

お世辞にもスタイリッシュとは言えない “近所のお兄ちゃん” のようなメンバーのルックス、そしてヴォーカルの聴いたことのないハイトーンボイス…。レベッカやBOØWYなどが登場し、“ロックなカッコよさ” に憧れはじめていた頃だったので、The東南西北のそのスタイルに、僕は強烈な違和感を感じていた。でもそのサウンドをよく聴くと、そこには、しだっちのお父さんが貸してくれたビートルズ『赤盤』の世界が拡がっているように感じた。こうして彼らの魅力は、偶然にも、12歳の僕の心の中にしっかりと刻まれたのだった。

久保田洋司のハイトーンボイスで歌われる「内心、Thank You」

そして中学入学を控えた春休み、僕はThe東南西北の2枚目のシングル「内心、Thank You」を初めて耳にすることになる。

切ないイントロの調べと、ヴォーカル久保田洋司のハイトーンボイスで歌われる悲しい恋愛群像に、思春期を駆け出したばかりの中1の僕は、とてつもない衝撃を受ける。

好きな娘はいたけれど、おままごとの延長線上でしかなく、恋愛なんてまだ憧れですらなかったのに、一足飛びで “失恋” のドラマ性に引き込まれた僕は、この曲の虜になっていく。付き合った経験などないのに、歌詞カードを読みながら何度も何度も繰り返しこの曲を聴いた僕は、すっかり “失恋マイスター” のつもりになり、フラれたというクラスメートがいたら「内心、Thank You」を聴かせて回るというなんてことをしていた。

そんなこともあってか、自分自身は学生の間に、この曲のような恋愛も失恋も経験することはなかったのだけど(笑)。

歳を重ねて変化する曲の印象、これはツラく悲しい失恋ソングなのか?

そして30数年が経ち、自分自身が何度かの恋愛や失恋を経験してみると、この曲に対する印象も、少しずつ変化をしていることに気づいたのだった。

 二人で生きてゆけたらもう ぼくは
 世界中敵にまわしてもいいよ
 悩む君の瞳に内心、Thank You

 風あたり強い坂道をのぼって
 あと5分だけ一緒にいたいな
 そんなわがままも内心、Thank You

中学生の頃には「こんなにも変わらない男の子の思いに、どうして女の子は応えてあげないんだろうか。なんでこんなに思っているのに別れなければならないのだろうか」と、男目線で考え、男にとってひたすらにツラく悲しい失恋ソングだという見方しか出来なかった。

しかし、もし1番と2番の時間軸が逆だったら… つまり、女の子が先に別れを切り出していたならば… と考えると少し見方が変わってくる。

曲から滲み出る、男のズルさ、弱さ、強がり、勘違いした優しさ…

 しばらく 逢うのを我慢してなんて
 冷却期間せがんだ君の
 気持ちわかるから内心、Thank You

すでに女の子が別れを決意していて、その思いを彼に伝えていたとしたら、「世界中を敵にまわす」発言も、「あと5分だけ」発言も、女の子を困らせるだけの男のわがままでしかない。

 このまま サヨナラになってもいいよ
 短いけど素敵な日々を
 僕は忘れない内心、Good-Bye

 振られそうな予感したから
 覚悟だけ出来てるよ
 All I Can Say Is Thank You

さらに相手から別れを切り出されているのにもかかわらず「このままサヨナラになってもいい」「振られそうな予感した」と精一杯の強がりを言っている。

そして何よりも、この男は「Thank You」も「Sorry」も「Good-Bye」も全て「内心」で言っている。つまり彼女に対して口に出して伝えていないのだ。きっと彼女もこの男の煮え切らない性格に嫌気がさして別れを決めたのかもしれない。

悲しい男の失恋劇だと思っていたこの曲には、実は男のズルさや弱さ、強がりや勘違いした優しさが滲み出ていたのだ。

美しく繊細な松本隆の歌詞、やっぱり失恋ソングNo.1

それでも「内心、Thank You」が失恋を描く曲として素晴らしいのは、サビの部分で描かれる美しい情景表現があるからだと思う。

 三叉路で見詰めあったまま
 動けない影ふたつ

ここでいきなり、男の内なる感情の吐露から、二人を俯瞰で捉えた風景に変わる。もうこれから先 “分かれる” しかない「三叉路」で、後戻りも先に進むことも出来ずに立ち止まったままの二人…。そこに映し出させる光景は、思春期特有の無垢さや残酷さ、微妙な距離感や空気感を表している。

 All I Can Say Is Thank You

そして男はここで初めて “内心” でない “ありがとう” を口にするのです。

あれから34年。松本隆の美しく繊細な詞と、久保田洋司の儚げで少年のような高音の歌声で綴られる「内心、Thank You」は、いくつになっても誰もが思春期に感じた甘酸っぱい失恋体験を呼び起こしてくれる。やはり失恋ソングNo.1だと思う。

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