【佐々木淳コラム】その『ミラクル』は、ある意味必然

退院と同時に特定施設に入居、在宅医療が導入となった90代の男性。肺炎で入院中に完全な寝たきりとなり、摂食障害、排痰困難のために気管切開されていた。

年齢的にも嚥下機能、身体機能の回復は困難とされていた。 しかし本人はなんとしてももう一度歩きたい、家に帰りたいと明確に意思表示。ホームのスタッフとともに嚥下リハビリに積極的に取り組んだ。

その後、栄養状態は徐々に改善、身体機能リハビリも順調に進み、座位を安定的に取れるようになった時点で気管切開口を閉鎖! 現在は常食を三食全量摂取、家族の持ち込むオヤツも完食されている。

体重は入居時より10キロ近く増加、聴診器を当てると露出した肋骨で隙間だらけだった胸部はふっくらと皮下脂肪に覆われ、木の枝のようだった両脚には弾力のある筋肉がしっかりと。平行棒の間なら安定的に歩行ができるようになった。

 十分に元気になったのにまだ「家に帰る」と言わないのは、ホームの居心地が良くなったのだと思う。家族といるより孫世代のスタッフといる方が楽しいのかもしれない。90代も後半に入ってからでも、人生の最終段階からでも、意欲と支援次第では自己決定できる人生を取り戻すことができるのだ。

病院からの紹介状を鵜呑みにせずに、本人の思いにきちんと向き合い、本人にとって最適な環境で残存能力を再アセスメントする。そんなことが自然にできるチームと一緒に仕事ができると、次々と「ミラクル」が起こる。

今日も一人の90代の男性が病院から退院してきた。1ヶ月間、維持輸液だけの「水耕栽培」、診療情報提供書には肺炎は治ったけど、嚥下機能は「全廃」と記載されていた。よくあるパターンだ。

とりあえず口腔ケアから。スーパーチームが再び動き出す。

佐々木 淳

医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長 1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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