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■築地本願寺本堂
附(つけたり)正門、北門、南門、石塀

国指定重要文化財 建造物
築地三丁目15番1号

関東大震災直後の火災で伽藍(がらん)の大半を焼失した築地本願寺は、昭和9年(1934)に耐震耐火性を重視した近代的な新しい寺院建築の様式で再建されました。江戸時代以来、敷地内に南面して建立されてきた伽藍(前本堂は明治34年(1901)再建)を改め、新本堂は正面を西に向けて敷地東寄りに再建されています。また、従来の木造から鉄筋コンクリート造(地上2階・地下1階)を主体とした構造となり、付帯設備にも当時の最先端技術を取り入れた近代的な寺院となりました。本堂の設計は、港区虎ノ門の美術館「大倉(おおくら)集古館(しゅうこかん)」(昭和2年)や墨田区横網の横網町公園内に立つ「東京都慰霊堂」(昭和5年)などを手掛けた建築家の伊東(いとう)忠太(ちゅうた)(1867年~1954年)が行い、松井組(現在の松井建設株式会社)が施工を担当しました。西本願寺22世宗主(しゅうしゅ)・大谷(おおたに)光瑞(こうずい)から新本堂の設計依頼を受けた伊東は、日本の伝統的な寺院様式ではなく、仏教の発祥地であるインドの建築様式を独自の解釈で外観に取り入れ、特異な雰囲気をもつ新しい伽藍を創出しました。
花崗岩(かこうがん)を用いた建物中央の本堂は、上部に銅板葺きの巨大なヴォールト(アーチを連ねたような曲面構造)屋根がのせられ、左右対称にのびた翼部にはストゥーパ(仏塔)形状の鐘楼(しょうろう)・鼓楼(ころう)の塔屋(とうや)を置き、正面中央と左右の入口には独特の曲線による破風(はふ)(屋根の切妻(きりづま)にある合掌形の装飾部分)の向拝(ごはい)(社殿や仏堂において、屋根を張り出して庇(ひさし)を設けた部分)が設けられています。曲線形状の欄干装飾が特徴的な階段を昇って2階の本堂前へ進むと、特徴的な柱(柱頭飾りや多角形の柱身)に囲まれたような空間があり、床面のアラベスク風タイルや扉上部の植物紋様を図案化したステンドグラスなどの装飾にオリエンタルな雰囲気が感じられます。こうして世界各地の様式的意匠が取り込まれた本堂は、個性的な装飾が一体となって建物全体として調和のある外観が創り出されています。
また、椅子座の外陣と畳敷きの内陣を持つ本堂内部は、鉄筋コンクリート造(柱・虹梁(こうりょう))と木造(組物(くみもの)・蟇股(かえるまた)・欄間(らんま)彫刻・天井など)を組み合わせながら、伝統的な浄土真宗寺院の本堂形式が踏襲されています。なお、敷地を囲む大谷石積み塀や石造柱門(はしらもん)(正門、北門、南門)も本堂と共通のデザインを踏襲し、建物と一体をなして独特の景観を形成しています。
当該建造物は、建築家・伊東忠太が最新の技術を用いて東洋的な建築を追求した典型例であるとともに、秀逸な建築デザインを保持する震災復興期の貴重な建造物といえます。

(中央区総括文化財調査指導員 増山一成)