「サッカーコラム」圧倒的劣勢…でも4―0の大勝 勝利はゴールを決めることでしか得られない

FC東京―横浜M 後半、自身2点目のゴールが決まり、祝福される横浜Mのジュニオールサントス(中央)=味スタ

 ご存じの通り、サッカーに判定勝ちはない。だが、ボクシングのように判定によって勝敗が決まる種目だったら、前半でレフェリーストップをかけられていたに違いない。試合開始直後から一方的な展開になったからだ。しかし、試合が終わってみると押されていた方が圧勝。しかも4試合ぶりの無失点というおまけつきなのだから不思議なものだ。

 サッカーって、時にこういう展開があるんだよな―。改めて、そんなことに気づかされた。10月24日に行われたFC東京対横浜Mの一戦だった。ともにアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の試合が控えているために、J1第28節が前倒しされた。

 新型コロナウイルスの影響で中断していたため、今季のJリーグは過密日程となっている。中でもACLに出場するチームは気の毒に思えるほどにハードスケジュールだ。ここに、YBCルヴァン・カップが重なった。横浜Mは8月半ばから週2試合をこなす日程を強いられてる。対するFC東京も19連戦を経験している。

 ターンオーバーで選手の入れ替えを行っている。とはいえ、選手の疲弊は隠せない。「FC東京は1週空いたが、うちは(Jリーグ)再開後、そういうことは一度もない」。試合後の記者会見で、横浜Mのポステコグルー監督が珍しく不満そうに語った。

 中2日の横浜Mと中5日のFC東京では明らかにコンディションに差があった。しかもFC東京側から見れば、長谷川健太監督が就任してからの対横浜M戦は4勝1敗と大幅に勝ち越している。精神的優位さも加わったはずだ。

 FC東京の選手たちの動きは開始直後から、いわゆる「キレキレ」だった。前半に放ったシュートは9本。決定的といえるものも多数あった。19分の田川亨介のヘディング、26分の三田啓貴の左足ボレー、前半終了間際の安部柊斗の左足ダイレクト。どれもがゴール枠に飛べば得点になった可能性は高い。

 特に永井謙佑が左サイドを突破して完璧なクロスを送った26分の場面は、三田が完全にフリーだっただけに正確にミートさえすれば入る場面だった。外した瞬間、パスを送った永井が頭を抱えたのも無理はなかった。

 一方の横浜Mは3本。しかも、いずれも可能性を感じさせないものだった。

 ハーフタイムを挟み後半に入って流れが変わるのかと思われたが、そのまま。後半6分に左からペナルティーエリア内にカットインした永井が決定機を迎えたものの、シュートは枠を外れた。さらに2分後にはディエゴオリベイラの縦パスを安部が右足で狙うが、これも右に外れた。

 ここから流れが変わる。後半9分、横浜MのGK朴一圭を起点に素早く展開すると、3本のパスで右サイドの前線へ。DF小川諒也の股の間を抜くエリキのセンタリングに合わせたのがジュニオールサントスだった。競り合ったDF渡辺剛をねじ伏せると、ゴール右隅に左足シュートを流し込んだ。

 劣勢のチームがワンチャンスを生かして先制する。サッカーではよくある展開だが、この試合はそれと違った。1点目からわずか2分の後半11分、横浜Mはマルコスジュニオールが前田大然にスルーパス。そのボールがDF森重真人に当たった。こぼれた先にいたのがジュニオールサントスだった。ジュニオールサントスはまたも冷静だった。守備に戻ったDFをキックフェイントでかわし右足でゴール左に2点目を突き刺した。

 ビッグチャンスを作り続け優勢に立っていたのに、気が付いてみると2点のビハインド。FC東京の選手たちの心は穏やかではなかっただろう。いらだちは余計なファウルを生む。後半18分にはアルトゥールシルバが松原健を殴り一発退場。数的不利に陥ったFC東京は自ら試合のリズムを手放し、流れは完全に横浜Mのものとなった。

 後半ロスタイム、横浜Mはさらに得点を重ねた。後半46分に水沼宏太が相手のオウンゴールを誘うと、50分にはエリキが鮮やかな右足シュート。終わってみれば、立ち上がりからあれだけ劣勢だった横浜Mが4―0の大勝を飾っていた。ゴールを積み重ねることでしか勝利は得られないという証明だ。

 今シーズン初の連敗。敗軍の将、長谷川監督の言葉がこの試合をすべて表していた。

 「もう負けるべくして負けた。決めるべくところで決めなかった。あとはいら立って、ああいう肘打ちのような行為をしてしまった。勝てる要素がまったくなかったと思います」

 それにしても、しばしば一発退場させられてしまうFC東京のブラジル人と違い、横浜Mのブラジル人は真面目だ。守備の場面でも奮戦したジュニオールサントスは「2得点はうれしいのですが、今日は守備のハードワークが良かったと思います」と語っていた。真面目過ぎてコメントはつまらないのだが、チームメートにするなら、こういう助っ人こそ頼もしいのだろう。

 試合後、横浜Mの選手たちはGK朴を囲んで抱き合って喜んでいた。この時点では分からなったが、翌日、朴がJ1鳥栖への期限付き移籍することが発表された。

 横浜Mが得意とする「ハイライン戦術」の広大なスペースをリベロのようにカバーするGK。昨年の優勝に貢献した立役者との別れに、「完封」という良い手土産を持たせて送り出すことができた。横浜Mの選手たちはあのとき、そういう思いだったのだろう。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社