大統領選前、米中識者が激論 両大国対立の行方は

米国と中国の国旗(AP=共同)

 11月3日に迫った米大統領選。非営利の民間シンクタンク「言論NPO」(東京都・人形町、工藤泰志代表)は外交分野の最大の課題である米中関係に関し、両国の識者とのオンライン対話を実施。10月下旬からホームページ上で公開を始めた。共同通信社は公開に先立って音声データの提供を受け、各識者の了解を得た上で記事化、9月末に配信した。概要を紹介する。(共同通信=川北省吾)

 ▽「新冷戦」?

賈慶国・北京大国際関係学院前院長

 米中関係の現状について、北京大国際関係学院の賈慶国前院長は「『新冷戦』に突入したとは言えない」と指摘する。米ソ冷戦期と異なり、双方は「全面的な軍事対立に至っていない上、イデオロギー競争もなく、経済もなお緊密に結び付いている」からだ。

 これに対し、米側識者は「新冷戦」という捉え方に疑問を示す。トランプ政権の国家安全保障会議(NSC)で、ロシア・欧州担当の上級部長を務めたティム・モリソン氏(ハドソン研究所上級研究員)は「(米国ではなく)中国が経済・政治両面で闘いを仕掛けてきている」と述べた。

 米経済戦略研究所のクライド・プレストウィッツ所長も「(東西冷戦を闘った)ソ連は1991年に崩壊したが、共産中国は残った。米国はそもそも中国との冷戦を脱していなかった」として、米国が「新冷戦」の口火を切ったのではなく、長きにわたって米中の冷戦状態が続いていたと語った。

 ▽構造要因と選挙対策

 緊張激化の要因についても意見は分かれた。賈氏は「中国の台頭と米国の影響力低下」という「構造的要因」に加え、新型コロナウイルス対応に失敗し、大統領選で劣勢に立つトランプ大統領が中国との危機をつくり出し、求心力を高めてバイデン民主党候補(前副大統領)を打ち負かしたいとの「政治的要因」があると分析した。

 一方、モリソン氏やプレストウィッツ氏は、米側から見た構造的要因に重きを置いた。とりわけ習近平氏が2012年に中国最高指導者となり、翌年に国家主席に就任して以降、「韜光養晦」と呼ばれる従来の低姿勢外交を改め、強気の外交に転じたとの見方で一致。中国側の変化に言及した。

ティム・モリソン元米NSC上級部長

 モリソン氏は習体制の下、中国は「新疆ウイグル自治区の少数民族を大量収容し、『南シナ海を軍事拠点化しない』という米国との約束を破り、香港の『高度な自治』を50年間維持するとした英国との約束もほごにした」と非難。中国がこうした姿勢に転じたのは「どの国も本気で中国を止めようとしなかったからだ」と指摘した。

 ▽異形のシステム

 ポンペオ米国務長官は7月の演説で、関与を通じて民主化を促す長年の対中政策を「失敗」と断じている。モリソン氏は、人口14億の巨大市場を抱える中国に配慮し、過度の批判を抑えてきた従来の路線と決別し、中国共産党の攻勢に立ち上がったトランプ政権の立場を反映したと位置付けた。

 プレストウィッツ氏は「国家資本主義」とも呼ばれる異形のシステムに言及。中国は市場原理を取り入れているが、国内総生産(GDP)の3割程度は国有企業によって占められ「完全な市場経済ではない」とした上で、民間部門にも「共産党の意向が浸透している」と述べた。

クライド・プレストウィッツ米経済戦略研究所長

 プレストウィッツ氏によると、中国共産党は政府を運営し、国有企業と民間部門を効果的に管理している。「私企業」と言っても収益ではなく、国家目標の遂行に配慮し、経営判断したりしていると指摘。中国の国家・経済制度は「日米欧とは大きく異なる」異形のシステムと位置付けた。

 ▽経済と政治

 このため、経済面の相互依存強化は法の支配や言論の自由といった価値観に反し「異なる国家体制を強化することになる」と強調。こうした現状に対する危機感が中国との「デカップリング(経済切り離し)」やサプライチェーン(部品などの調達・供給網)の見直し論議につながっていると分析した。

 日本に対しても、ビジネス上の関係が中国財政を潤し、国家基盤を強化していると述べた上で、そうした両にらみの対応が巡り巡って「沖縄県・尖閣諸島周辺海域における中国公船の侵入を招いている」と指摘。「経済強化はそれだけで終わらず、政治面にも波及する」として、再検討を促した。

 こうした主張の背景には、経済関係を強化しても、中国の民主化が進まなかったことへの不満がある。賈氏はこれに関し「中国は、貿易拡大が米国に恩恵を与えてきたと考え、米国は中国に恩恵を与えてきたと考える。真実はその中間にある」といさめた上で「米中の経済関係は極めて重要で、ディカプリングは誤った道」とくぎを刺した。

 ▽基調は「競争」

 米中関係の今後については「トランプ氏は再選されれば、対中強硬から一転して融和姿勢を示し、新たな貿易合意を模索する可能性がある」(ボルトン前米大統領補佐官)との見方もあるが、連邦議会では共和、民主の党派を問わず、中国に対する厳しい見方が共有されている。

米大統領選の第2回候補者討論会に参加する共和党のトランプ大統領(左、ロイター=共同)と民主党のバイデン前副大統領(UPI=共同)=22日、米ナッシュビル

 このため、モリソン氏は仮にバイデン政権が誕生しても「中国との『競争』という柱が選挙結果によって大きく変わることはないだろう」と予測。ただ、共産体制を敵視するポンペオ氏の主張が米政策サークルの主流になっていくかどうかを予測するのは「至難の業」とも述べた。

 プレストウィッツ氏も「バイデン氏は『貿易が拡大すれば民主化が進む』という伝統的な対中観の持ち主だったが、今でもそうした考えを信奉しているとは思わない」と述べた。このため、トランプ氏とバイデン氏のどちらが当選しても「中国に厳しい路線は今後も続く」と述べた。

 トランプ氏は防衛費負担や貿易不均衡を巡り「米国は外国の食い物にされてきた」として同盟国を攻撃、関係悪化を招いた。プレストウィッツ氏は「バイデン氏が勝利すれば同盟国との関係を立て直し、民主主義陣営共通の対中方針を確立しようと努めるだろう」とも述べた。

 ▽日本の針路

 米中関係の今後は日本にとっても死活的に重要だ。米国は安全保障上の同盟国で、中国は最大の貿易相手国だからだ。「米国はいずれ日本に『踏み絵』を迫ってくる」(日米関係筋)との見方が浮上する中、菅義偉首相は米中二大国のはざまで難しいかじ取りを迫られる。

 賈氏はこれに関し「中国の立場からすればもちろん、われわれの側にいてほしい」と笑いながら前置きした上で「日本は米中のどちらか一方に付くべきではない。もう一方の敵になってしまうし、外交上の選択肢を狭めてしまう。そうした行動はリスクを伴う」と断言した。

 そして「『新冷戦』は誤った道。日本は米中の橋渡し役となり、双方の対話や交渉を後押しするよう試みるべきだ」と提言。「米中が衝突したり、戦争になったりすれば、日本の国益も甚大な損害を受ける」として、日本は同盟国の利点を生かして「米国に自重を促す努力を続けてほしい」と要請した。


 ◎3氏の略歴

 TIM・MORRISON 1978年、米メリーランド州出身。トランプ政権の国家安全保障会議(NSC)上級部長などを経て、現在はハドソン研究所上級研究員。

 か・けいこく 1956年、河南省出身。米ブルッキングズ研究所の研究員や北京大国際関係学院院長などを歴任。国政助言機関、人民政治協商会議常務委員を務める。

 CLYDE・PRESTOWITZ 1941年、米デラウェア州出身。レーガン政権時の商務長官顧問などを経て現職。主著に「日米逆転」や「東西逆転」がある。

 言論NPOは3氏のほか、中国を代表する経済学者で、習近平氏のブレーンとされる北京大の林毅夫教授らとも対話し、ホームページ上で公開している。URLは以下の通り。

https://www.genron-npo.net/society/archives/9036.html

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