2020年女性R&Bシンガーの注目盤10枚:まだ行き届いていないかもしれない作品たち【動画付】

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2020年、女性R&BシンガーのアルバムやEPが数多く発売となっています。その中から、おすすめとなる10枚を音楽ジャーナリストの林 剛さんがピックアップ、それぞれについて解説いただきました。

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今年前半、女性ラッパーのヤングM.Aが「今はあまり良いR&Bがない」と発言したことを受け、R&Bアーティストの作品に頻繁に客演しているブラック(6LACK)や、近年グラミー賞のR&B部門にてノミネート/受賞が続いているPJモートンらが、「たくさんあるよ。ちゃんと聴いてないだけじゃない?」と反論したことがちょっとしたニュースになった。

ヤングM.AもR&Bを愛するがゆえにそうした発言をしたのだろうが、「(以前とは違って)良いR&Bがなくなった」という嘆きは、黄金期とされる90年代においてもトレンドや流れが変わるたびに聞こえてきたもので、裏を返せばR&Bのシーンが新しいフェーズに突入した証拠でもある。

2010年代以降は「クロスオーヴァー/ボーダーレス化が進み、R&Bという括りはもはや無意味」という声をよく聞く。その一方で、エラ・メイが「R&B was never dead」、H.E.R.が「R&B is not dead!」、先日もケラーニが「I♡R&B」とツイートするなど、最前線で活躍する女性シンガーたちがR&Bというジャンルの存在意義を全面肯定している。

そう発言する女性シンガーの多くが90年代中〜後期生まれで、レイト90sからアーリー00sのR&Bを聴いて育った世代。そんな彼女たちが、自身の音楽ルーツにリスペクトを示しながら今の空気を取り込んだハイ・クオリティな作品を続々と発表しているのは実に頼もしい。

いまやジェンダーで区分するのも時代遅れかもしれないが、ボーイフレンドや夫との関係、出産など、女性視点で語られるストーリーもあるはずで、ここでは今春以降に発表された女性ソロ・シンガーのアルバムから、注目されているようで実はまだ行き届いていないかもしれない作品を10枚紹介する。いずれもコロナ禍およびブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動再燃の中で世に送り出されたものであり、後にデラックス版として再発されたアルバムの中には、こうした現状を踏まえたメッセージ・ソングが追加収録されたものもある。

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1. ジェネイ・アイコ『Chilombo (Deluxe)』2020年7月17日発売

ジェネイ・アイコ(Jhené Aiko)は、2000年代前半にジェネイ名義でB2Kの妹分的な形で登場したが、本格的にブレイクしたのは、デフ・ジャム傘下に置かれたNo I.D.のアーティウムからEP『Sail Out』を出した2013年頃。アリーヤの系譜に連なる妖艶なヴォーカルでムードを醸成していく彼女の歌唱は、2010年代における女性R&Bシンガーのスタンダードを築いたと言っていい。

デラックス版も登場した最新作『Chilombo』は、タイトルこそ父のファミリー・ネームを冠しているが、彼女の日系ルーツとなる曾祖母が住んでいたハワイにて録音。メインで制作を手掛けたのは盟友のフィスティカフスらで、昨年シングルとして発表していたスロウ「Triggered (Freestyle)」を筆頭に、愛憎や官能、清濁入り混じる感情を吐露しながら、シンギングボウルの音色などを交えた瞑想的なサウンドと溶け合うように自らを浄化していく。いわばヒーリング・ソウル。

TWENTY88というユニットを組み、恋人関係になったり解消したりを繰り返しているビッグ・ショーンとの「None Of Your Concern」では「私が夢中になるのはあなたではない」などと突き返す強気な一面を見せるなど、エンジェル・ヴォイスから受ける可愛らしい印象とのギャップも魅力。ゲストとして、ジョン・レジェンド、アブ・ソウル、H.E.R.、ナズ、そしてデラックス版に実姉のミラ・Jやウィズ・カリファ、客演違いのリミックス・ヴァージョンにケラーニ、クリス・ブラウン、スヌープ・ドッグらが名を連ねるあたりからは、彼女が2010年代以降のR&Bにおけるクイーンになりつつあることを実感させる。

以前ミックステープに収録していた「Hoe」のリメイク「Happiness Over Everything (H.O.E.)」では、オリジナルのミゲルはそのままに、もうひとりのゲスト、グッチ・メインがフューチャーに交代。タイ・ダラー・サインとの「Party For Me」は、2012年に亡くなった実兄のミヤギ、昨年銃弾に倒れたニプシー・ハッスルへのトリビュートにもなっている。通常版ではこれがクロージング・ナンバーだったが、デラックス版ではクール&ザ・ギャングの「Summer Madness」を引用した「Summer 2020」が新曲として最後に登場。今年の夏は泣きたい気分だけど、夏のように開放的な気持ちでいたいと前向きに締めくくる。この曲が駄目押しとなり、2020年を象徴する、記憶に残る一枚となった。

 

2. サマー・ウォーカー『Life On Earth』2020年7月10日発売

サマー・ウォーカー(Summer Walker)はエラ・メイやH.E.R.以降の女性R&Bシンガーとしては最も人気を集め、商業的に成功している人だろう。ゲスト・シンガーとしてフィーチャーされることも増えてきた。

所属は地元アトランタのマネージメント/レーベルであるラヴルネッサンス(LVRN)で、彼女の楽曲をメインで手掛けているのは恋仲だったロンドン・オン・ダ・トラック。2018年のミックステープ『Last Day Of The Summer』に続く2019年の公式デビュー・アルバム『Over It』では、リミックスに客演したドレイクのほか、ジェネイ・アイコやブライソン・ティラーらをゲストに迎えていたように、チルなムードとトラップ・ビートを基調としたR&Bを淡々とした表情で歌っていた。それに続く最新EPが、全5曲を収録した本作『Life On Earth』だ。

前作『Over It』ではアトランタR&Bの先輩にあたるアッシャーの「You Make Me Wanna…」を引用してアッシャー本人も招くなど90年代R&Bにリスペクトを示していたが、本作は、パーティネクストドアとの再共演も含めて前作の流れを汲みながら、ギターやピアノも弾く彼女らしいシンガー/ソングライター的な一面がさらに強調されている。

前作での「Playing Games」に通じる「Let It Go」はアコースティック・ギターをバックに歌うシンプルなバラードだし、前作の制作時に出来ていたという「Deeper」も同様のスタイルで、恋に落ちていく自分と相手との温度差を歌っている。ややミステリアスなシンガー/ソングライター、No1-Noahを招いた2曲はムーディーで、恋愛関係における相手との接し方や相手からの扱われ方を男女の立場から歌い合う。特にSWVへのオマージュとなる「SWV」では、リリックにSWVの「Weak」「Rain」などの曲名も引用して、改めて90年代R&Bに対する愛を打ち出している。

3. ティヤーナ・テイラー『The Album』2020年6月19日発売

本人も認めているように、以前は“歌って踊る”イメージだったが、近年はソウルフルでオーガニックな雰囲気のシンガー/ソングライターといった印象が強く、やや路線変更したティヤーナ・テイラー(Teyana Taylor)。NBAでも活躍したバスケ選手の夫イマン・シャンパートとの間に子供が誕生するなどプライヴェートでの変化も影響しているようで、最新作『The Album』は、そうした人生経験を反映した思慮深くエモーショナルなアルバムとなった。

8曲を収録したEP的なヴォリュームの2018年作『K.T.S.E.』とはうって変わって23曲を収録した今作は、アルバム・タイトルにちなんでA、L、B、U、Mという5つのパートに分け(それぞれEPとしても5種リリース)、愛、セクシュアリティ、自尊心、葛藤、勝利をテーマに様々な感情を歌っている。

今回、所属レーベル=GOODのボスであるカニエ・ウェストが制作に関与したのは2曲だが、娘ジュニーの声を入れてリック・ロスも招いた「Come Back To Me」は、かつてカニエが手掛けたアリシア・キーズの曲を彷彿させるバラードで、序盤からドラマティックな気分に(曲自体は2014年作『VII』の頃に完成)。これをはじめアルバムでは、90s〜00s のR&Bにオマージュを捧げ、曲によっては自身のアイドルも招いて懐かしいムードを漂わせながら、それを2020年型のR&Bとして聴かせてくれる。

エリカ・バドゥ「Next Lifetime」の換骨奪胎となる「Lowkey」ではエリカ本人を登場させて「(今は恋人がいるから)来世で恋をしましょう」と歌い、ブラック(Blaque)の「808」を引用してティンバランドがDJキャンパーらと制作した「Boomin’」ではミッシー・エリオット(とフューチャー)が客演、ラストの「We Got Love」にはローリン・ヒルが登場する。

また、ディディ(パフ・ダディ)の息子キング・コームズを招いた「How You Want It?」はメイスfeat.トータル「What You Want」(カーティス・メイフィールド「Right On For The Darkness」のギター・リフ)を引用したバッド・ボーイへのオマージュだったり、他にもガイやミュージック・ソウルチャイルドの曲のフレーズを用いたりと、狙いは明らかだ。

一方で、自らの経験をもとに“アメリカで黒人であること”について歌った「Still」など、過日のBLM運動と連動するような曲もある。本作を奴隷解放記念日(6月19日)にリリースしたのも単なる偶然ではなさそうだ。また、愛する人を失って気付く複雑な感情を歌ったバラード「Lose Each Other」は、ミュージック・ヴィデオにエルトン・ジョンが出演。2008年の「Google Me」で「私の名前をググって!」と歌っていた彼女は、今やスーパースターの仲間入りを果たしたのだ。

4. ケラーニ『It Was Good Until It Wasn’t』2020年5月8日発売

ケラーニ(Kehlani)がいなければエラ・メイやサマー・ウォーカーのブレイクもなかったというほど、彼女も2010年代以降の女性R&Bシンガー像を提示したひとりだ。ジェネイ・アイコやティヤーナ・テイラーの上記作にもゲスト参加しているが、彼女自身もミックステープ扱いの2019年作『While We Wait』を挿んで、公式フル・アルバムとしては2作目となる『It Was Good Until It Wasn’t』をリリースした。

若くして人生の苦楽を味わってきたケラーニは、プライヴェートでの体験を赤裸々に綴って歌うことでも知られ、それは失恋や失望をエネルギーに変えてきたメアリー・J.ブライジにも通じている。本作にも、交際していたラッパー、YGとの関係を仄めかす「Open (Passionate)」を収録しているが、ここでは娘アデヤの出産やマック・ミラーらの死などを経て精神的にひとまわり大きくなった彼女が、ダウナーなトーンのサウンドに乗せて感情をコントロールしながら歌う姿に出会える。官能的なムードも交えつつ愛憎入り混じる歌を聴かせるアルバムは、トラックの雰囲気も含めて本作にも参加したジェネイ・アイコの『Chilombo』にも近い。

アリーヤの「Come Over」を引用してポップ・ワンゼルがジェイク・ワンらと手掛けた「Can I」、マセーゴのサックスが緩やかに舞う「Hate The Club」は2000年前後のスロウが蘇るノスタルジックな曲で、そうしたある種の懐かしさはラッキー・デイと歌う「Can You Blame Me」にも感じられる。失恋を客観的に見つめ直した「Grieving」ではジェイムス・ブレイクを迎えているが、これを手掛けたボーイ・ワンダ、ジャハーン・スウィート、ザ・ラスカルズは、エラ・メイの新曲「Not Another Love Song」を手掛けたチームであることも付け加えておこう。

年明け早々に急逝した盟友レクシィ・アリジャイ(ロジャー・トラウトマンの孫娘)による生前のラップをフィーチャーした最後のアウトロを聴いて、以前彼女が客演した「Jealous」(2015年作『You Should Be Here』収録)を思い出すファンも少なくないはずだ。

 

5. キアナ・レデイ『 KIKI (Deluxe)』2020年10月23日発売

2018年のヒット「Ex」で登場した印象が強いが、TVなどに出演していた子役上がりで、シンガーとしても2012年にRCAからキアナ・ブラウン名義でデビューしていたキアナ・レデイ(Kiana Ledé)。幼い頃からキャリアを積んできただけにヴォーカル・スキルは高く、ティーン・アイドル然としていたRCA時代を経て、20歳を迎える頃には妖艶さも身につけ始めた。

ブライソン・ティラーやジェイコブ・コリアーの作品でも聴ける彼女のアンニュイな歌声は、ケラーニやサマー・ウォーカー、エラ・メイにも通じているが、愛くるしさも残している。今年リパブリックから発表した本デビュー・アルバム『KIKI』には、そんな彼女の魅力が詰まっている。

メイン・プロデュースはキアナと同じLAで活動する制作チームのライスン・ピーズで、アコースティックな音色も交えながらチルなムードを醸成。ラッキー・デイやブラックといった男性シンガーとのデュエットでは、H.E.R.とダニエル・シーザーの「Best Part」以降とでも言うべき現行R&B然とした空気が流れる。

一方、アウトキャスト「So Fresh, So Clean」を引用した「Mad At Me」や、マニーバッグ・ヨーとビアがラップで参加したエムトゥーメイ「Juicy Fruit」使いのミッド・グルーヴ「Labels」はポップで、ブランディ「Have You Ever」を引用した「Honest」やアリ・レノックスとの「Chocolate」も含めて、90年代から2000年代前半の空気を運び込む。

他者とのコラボによってキアナの華のある声が強調されたアルバムは、先日、アント・クレモンズ、ジャクイース、ゲイリー・クラークJr.との共演曲などを追加したデラックス版が登場。追加された曲がこれまた上々の出来で、なかでも“現代のキング・オブR&B”を自称するジャクイースとのデュエット「Only Fan」はキース・スウェットの「Merry Go Round」をモチーフにしたような極上のスロウ・ジャムとなっていて、アルバムの90sムードを駄目押しする。

アルバム(通常版)発表後には、BLM運動を受けてピンクの大統領糾弾ソング「Dear Mr.President」のカヴァーを発表し、Netflixで配信予定のクリスマス・ミュージカル映画『Jingle Jungle』のサウンドトラックにアッシャーが提供した「This Day」でデュエット相手も務めた。これらは本アルバムに未収録だが、キアナのポテンシャルの高さを窺わせる曲として興味を抱かせる。

6. ジェシー・レイエズ『BEFORE LOVE CAME TO KILL US (SUPER DELUXE)』2020年9月25日発売

ジェシー・レイエズ(Jessie Reyez)は、本特集の並びでは少々異色に感じられるかもしれない。コロンビア系カナダ人で、カルヴィン・ハリスと共演/共作、ビリー・アイリッシュのツアーでサポート・アクトを務め、映画『ROMA/ローマ』のサウンドトラックに楽曲提供するなどしてきた彼女は、“R&B”というカテゴリーに閉じ込められるようなシンガー/ソングライターではない。南米コロンビアにルーツを持つ北米拠点のアーティストという意味ではカリ・ウチスにも近いが、憧れのエイミー・ワインハウスがそうであったように、R&B的な表現を用いつつ多方面にアクセスしていく音楽性は、まさにボーダーレスだ。

アイランド傘下に置かれた母国カナダのFMLYからシングルやEPのリリースを重ね、今年3月にようやく発表したデビュー・アルバム『Before Love Came To Kill Us』では、恋愛、移民/難民問題、#MeToo的な主張などをラテン・ルーツも滲ませながら可愛げな声に力を込めて歌っている。

出世曲となった2016年のシングル「Figures」は失恋をテーマにエモーショナルに歌い込むハチロク系のバラードで、以降、ブラックと共演した「Imported」(ダニエル・シーザーとH.E.R.の「Best Part」からの影響が大きい)などがヒット・チャートに顔を出したが、これらの既発シングルを含むアルバムは、まさにこの4年間の集大成。エミネムの2018年作『Kamikaze』に参加していたジェシーは、本作でもエミネムとアコースティックなソウル・バラード「Coffin」で共演している。こうしたレトロでオーガニックなナンバーを軸にしながら、パーティネクストドアのツアーに同行していた彼女らしく、「Ankles」ではOVO系の鬱屈したビートに乗って別れたボーイフレンドに怒りをぶつけている。

9月にはジャケットのアートワークを変更した17曲入りのデラックス版が登場。「No One’s In The Room」はDマイルの制作、ターゲット限定盤にボーナス収録されていたシングル「Far Away」のゲスト招聘版となる「Far Away II」にはエイ・ブギー・ウィット・ダ・フーディーとJIDが客演し、現行R&B的なムードが一層高まった。

7. クイーン・ナイジャ『Misunderstood』2020年10月30日発売

オーディション番組では勝ち上がれず、SNSへの投稿でブレイクのキッカケを掴んだ女性R&Bシンガーといえばエラ・メイを思い出すが、「アメリカン・アイドル」に挑戦するも上位に食い込めず、YouTuberに転身してからシンガーとして成功を掴んだのが、エラ・メイと同世代のクイーン・ナイジャ(Queen Naija)だ。2017年末から2018年にかけて放った「Medicine」や「Karma」がアダルトR&Bチャートでヒットし、この3年間にシングルやEPを出してきた彼女が、遂にファースト・アルバム『Misunderstood』をリリースする。

楽曲自体は現代らしいチルなムードだが、ヒラヒラと舞うようでありながら逞しさを秘めた安定感のあるヴォーカルからはチャーチ・ルーツが透けて見えるようで、彼女の音楽がR&Bであることを意識させる。

「ソウル・トレイン・アワード」では、エリカ・バドゥがDJを務めるソウル・サイファー(R&B版のマイク・リレー)にケリー・プライスらとともに抜擢されていたが、この度発表されるアルバムには、エリカ・バドゥの「Bag Lady」(元ネタはソウル・マン&ザ・ブラザーズ版の「Bumpy’s Lament」)を引用してエリカにオマージュを捧げた先行曲「Pack Lite」を収録。

プライヴェートで離婚を経験している彼女は男女の機微を歌い描くことに長けており、同じく先行リリースしていた「Butterflies Pt.2」では新しいパートナーとの出会いをアコースティックなサウンドに乗せて幸せいっぱいに歌っている。本稿執筆段階で聴けているのは上記の2曲を含めた4曲のみだが、オークの制作でデバージ「A Dream」を大ネタ使いしたリル・ダーク客演の「Lie To Me」、ムーディーなスロウ・ジャム「Love Language」も上々の出来で、まもなく発表されるアルバムも好内容に違いない。

なお、「Pack Lite」と「Love Language」のミュージック・ビデオを、スパイク・リーに因んだスパイク・テイ(Spike Tey)名義でディレクションしているのはティヤーナ・テイラー。エリカ・バドゥにオマージュを捧げたあたりも含め、ふたりの世界観はよく似ている。また、「クイーン・ナイジャに影響を受けました」と話す2002年生まれのシンガー、アイヴィ・ジェイ(IV Jay)の最新EP『5th Element』にも注目してほしい。

 

8. トニ・ブラクストン『Spell My Name』2020年8月28日発売

今回ピックアップしたシンガーの中では、最も長いキャリアを誇るトニ・ブラクストン(Toni Braxton)。同じくベテランの部類に入るブランディやレデシーの新作もよく出来ていたが、メランコリックな表情をたたえた妖艶なアルト・ヴォイスで歌うトニは2010年代以降のダウナーなR&Bの元祖とでも言いたくなる存在で、アイランド移籍作となったこの『Spell My Name』も今の空気にしっくりと馴染む。一時は引退宣言もしたが、恩人ベイビーフェイスとの再会を経て復活してからの彼女は、本作と同日にリリースされたKEMの最新作におけるデュエットも含めて、実に活動的だ。

離婚や病気、破産申告といった不幸を乗り越え、現在はバードマンとスウィートな関係にあるとされるトニ。冒頭からベンジャミン・ライトらの弦アレンジによるディスコ調アップ「Dance」が飛び出すあたりは、現在の晴れやかな気分を反映しているのだろう。

アントニオ・ディクソンらが手掛けたクワイエット・ストーム的なムードの「Spell My Name」では、年下の男性との恋について歌い(トニとバートマンの関係を示唆しているのだろう)、「私の名前を綴ってみて」と自分に対するリスペクトも求めている。深みのある落ち着いた歌唱で堂々と迫るこの曲のタイトルは、アルバムのタイトルにもなった。

ベイビーフェイスやパーシー・ベイディとペンを交え、ミッシー・エリオットがラップを挿む「Do It」(よりバラード然としたオリジナル・ヴァージョンも収録)以降は、基本的にスロウ・ナンバーがメインで、「Fallin’」ではエレガントに、「Happy Withou You」ではドラマティックに歌い上げる。デモンテ・ポージーのアレンジによる美麗なストリングスを配した重厚なスロウ「Gotta Move On」ではH.E.R.がプリンス〜アーニー・アイズレーばりのエモーショナルなギター・ソロを披露。こうした若手とのコラボは、トニのデビュー時からR&Bを聴いてきたリスナーにとっては感慨深い。

9.  ヴィクトリア・モネイ『JAGUAR』2020年8月7日発売

ヴィクトリア・モネイ(Victoria Monét)は“アリアナ・グランデの制作パートナー”と紹介するのが今は一番キャッチーだろう。アリアナの大ヒット「7 rings」などの作者に名を連ね、これまでにもディディ、ナズ、フィフス・ハーモニー、T.I.、最近もブランディやクロイー&ハリーの楽曲でペンを交えていた。

シンガーとしては、過去にロドニー・ジャーキンズのもとパープル・レインというガールズ・グループの一員としてモータウンからデビューしかけるも解散。ソロとしては6年ほど前からEPやシングルを出してきたが、今年、ファースト・アルバムと位置付けられる(EPとも言われる)『JAGUAR』をリリースした。

プロデュースは、15年近くのキャリアがありながらここ数年特に活躍が目立つDマイル(嵐の新曲「Whenever You Call」もブルーノ・マーズと共作)がメインで担当。Dマイルはかつてロドニー・ジャーキンズ一派だったので、モネイとは旧知の仲と思われる。チルアウト系のR&Bと70年代ソウルを合体させたようなDマイルらしいサウンドとモネイの凛としたクリスタル・ヴォイスの相性が素晴らしく、一人多重によるハーモニーが美しい表題曲やベイビーフェイスと共作した「Touch Me」などでのミスティックな雰囲気に引き込まれる。「Touch Me」は最近、ケラーニを招いたリミックスも登場した。

歌やサウンドの美麗さに加えて、バイセクシュアルを公表している彼女の自由で反骨精神に満ちたリリックも気高い。SGルイスの制作でカリードをフィーチャーしたディスコ・ダンサー「Experience」も、シングルのリリース日を〈Black Music Month〉と〈Pride Month〉である6月、しかも奴隷解放記念日(6月19日)にしたのも、この曲に人種やジェンダーの差別をなくしたいという思いが込められているから。ソングライターとしてのキャリアも華々しいが、シンガーとしても、これからさらに大きくなっていきそうだ。

10. アリシア・キーズ『ALICIA』2020年9月18日発売

2年連続でグラミー賞の司会を務めたアリシア・キーズ(Alicia Keys)は、女性の地位向上に尽力するフェミニズムの急先鋒となりながら、R&Bのフィールドを飛び越えて、さらに上のステージに踏み込んでいる。約4年ぶりのアルバム『ALICIA』も、大文字で名前を刻んだタイトル通り自信に満ち溢れ、コロナ禍やBLM運動を受けて力強い作品となった。楽曲や人選においても多様性を感じさせ、売れっ子プロデューサーのほか、ゲストには新進気鋭のアーティストも起用し、20年選手のヴェテランらしい懐の深さを見せている。

現状に即したナンバーという意味では、エド・シーランらと共作し、コロナ禍以前に発表していたアコースティックなポップ・ソング「Underdog」、ザ・ドリームらと共作したピアノ・バラード「Good Job」が、医療関係者をはじめ最前線で闘うヒーローたちに捧げるアンセムとなった。

ライアン・テダーらとの制作で、かつての大ヒット「No One」に通じる「Love Looks Better」も前向きな気持ちにさせる。そして、警察官の暴力で我が子を失った母親の視点で「理想的な死に方を選んだかも」と皮肉を込めるピアノ・バラード「Perfect Way To Die」では、アリシアの静かだがエモーショナルな歌声が胸に響く。

コラボの多さも話題だ。ミゲルを迎えたオーガニックなバラード「Show Me Love」、ルドウィグ・ゴランソン制作のダウナーなトラック上でカリードと交わる「So Done」はアルバムに先駆けてリリース。タンザニアのボンゴ・フレーバー界から登場したダイアモンド・プラトナムズとのダビーな「Wasted Energy」、ディスコ仕立ての「Time Machine」のミュージック・ヴィデオにも出演していたティエラ・ワックがラップする「Me×7」、サンファと甘やかに交歓するドリーミィなスロウ「3 Hour Drive」は、共演者がアリシアの世界に新風を吹き込む。スノー・アレグラを招いた初期アリシア然としたピアノ・バラード「You Save Me」は初期からのファンを喜ばせるだろう。

「Jill Scott」と題されたスウィートなラヴ・ソングには、ステイ・ホーム期間中に夫のスウィズ・ビーツがティンバランドと立ち上げた配信バトル・シリーズ〈Verzuz〉のエリカ・バドゥvsジル・スコット回に触発されてジル本人を招聘。当初今春発売予定だったアルバムは、発売を延期したことで、より2020年を感じさせる作品となった。

以上10枚、これらが今年のベスト・アルバムだとは言わないが、R&Bシンガーとして、女性としてのプライドに満ちた力作揃いであることは間違いない。他にもK.ミシェル、アリーナ・バラス、ジョイ・デナラーニ、デュオだがクロイー&ハリーなどのアルバムも充実した内容で、2020年は“女性R&B百花繚乱の年”と記憶されることになるのかもしれない。

Written by 林 剛

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