うらやましい阪急文化

阪急・大阪梅田駅。9線10面の大空間で列車が発着する姿にはいつも感動させられる

 【汐留鉄道倶楽部】鉄道に関する書籍は日々あまた出版されている。大きな書店では鉄道書籍のコーナーを設ける所も多く、定期的にチェックするようにしている。そんな中で見つけた本が「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」(伊原薫著、交通新聞社新書)。

 関西に住んだことのある人なら「阪急」という名のステータスはよくご存じだろう。そもそも昔から、関西は「私鉄王国」として、関東に比べてサービスの水準が高いといわれてきた。このコラムでもいろんな筆者がたびたび取り上げているし、ぼく自身、大阪に単身赴任していた5年ほど前、各社の鉄道を乗り回り、その多様な特色を紹介してきた。

 新刊の「関西人はなぜ―」は、そんな関西私鉄の中でも際立つ存在の阪急について、その歴史をひもとき、一つ一つの魅力を解き明かしている。

 まずは鉄道としての魅力。知らない人からすれば「チョコレート色一色の車両ばっかり」と思うかもしれないが、この車体の色「阪急マルーン」を守り抜くことに大きな意味がある。無塗装のステンレス車両に比べるとコストはかかるが、伝統が醸し出す高級感は何物にも代え難い財産だ。

 車内に入れば、木目調の内装と緑色(こちらは「ゴールデンオリーブ」と呼ばれる)の座席。中学生のころ、2扉、全席クロスシートの京都線の特急に初めて乗ったときに「映画館の座席みたいだ!」と驚いたことを思い出す。当時の特急は大阪の十三(じゅうそう)を出ると京都の大宮までノンストップだったから、人の出入りのない映画館のようだと思ったのもあながち的外れではなかったと思う。

「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」(上)と「『民都』大阪対『帝都』東京」

 魅力は車両にとどまらない。駅名標は見やすい平仮名の丸ゴシック体で書かれているし、「みなさん」と語り掛ける案内放送は、乗客第一であることを感じさせてくれる。

 鉄道以外にも目を転じよう。都心から放射線状に伸びる関東の私鉄は、戦後、郊外の土地を分譲して次々と沿線を開発していったが、これは阪急が大正時代、現在の宝塚線沿線を切り開いた手法がビジネスモデルになっている。

 住宅地だけではない。創業者の小林一三は路線の一方の終端(梅田)にデパートを開業、もう一方(宝塚)には遊園地や劇場を設けた。この劇場から生まれたのが宝塚歌劇。ちなみにタカラジェンヌたちにとって、小林一三の敬称は今なお「先生」。女優たちが創業者のことを先生と呼ぶ鉄道会社など他にはないだろう。

 不動産、流通、娯楽…。事業は鉄道だけにとどまらず、さまざまな分野にまたがって「沿線文化」がつくり上げられた。「なぜ別格だと思うのか」という問いに対する答えは「別格だと思えるように努力を積み重ねてきたから」なのだと思う。関東で育った鉄道ファンとしては、そんな私鉄が当たり前に走る関西が素直にうらやましい。

 ついでにもう一冊、阪急関連の書籍を紹介したい。原武史著「『民都』大阪対『帝都』東京」(講談社学術文庫)。1998年刊、同年度のサントリー学芸賞受賞作で、今回初めて文庫化された。小林一三の栄光と挫折が史実とともに丁寧に描かれ、写真も多数収録する貴重な文献だ。

 ☆八代 到(やしろ・いたる)1964年東京都生まれ。共同通信社勤務。本当に久しぶりに大阪に出張に行ってきました。とんぼ返りで関西鉄道視察はできず、残念…。

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。

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