<社説>首里城火災から1年 県民主体で再建遂げよう

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 昨年10月31日未明の首里城火災から1年がたった。 喪失感の中から県民が立ち上がり、再建に向かう機運を高めてきたのがこの1年だっただろう。県外、海外から寄せられた多くの励ましにも勇気付けられてきた。

 一方で、再建に向けた作業は国の主導で進み、沖縄県の存在感が薄いことへの不満の声は少なくない。首里城は県民全体のアイデンティティーの象徴である。再建は、火災で失った「心の拠(よ)り所」を県民自らの手でもう一度作り上げる営みでなくてはならない。玉城デニー知事には県民主体の再建を成し遂げるための姿勢を示してもらいたい。

 火災の原因究明を巡っては、今年1月に県警が、3月には那覇市消防局が「出火の原因は不明」と調査結果をまとめた。放火などの事件性はなく、出火元は正殿1階の電気関係とみられるが、出火原因を断定する物証が残らないほど焼損が激しかった。

 出火元は特定できていないが、延焼を防げなかった防火・管理体制には多くの課題が浮き彫りとなった。県は有識者でつくる再発防止検討委員会が来年3月までにまとめる最終報告を受けた上で、適正な管理体制を示した再発防止策を策定するという。

 しかし、火災から1年が経過しても誰がどのような形で火災の責任を取るかが見えてこない。責任問題があいまいでは再建後の再発防止の実効性に疑問符が付き、再建の機運に水を差しかねない。責任の所在を明確にすることが再建を進める第一歩である。

 こうした中で政府は3月、首里城の再建を話し合う関係閣僚会議で2026年度に正殿の完成を目指すことを柱とした工程表を決定した。菅義偉首相は官房長官時代から「必要な財源を含め政府として責任を持って全力で取り組む」と表明し、復興の方向性を矢継ぎ早に示している。

 確かに、戦中に国は首里城地下に日本軍の陣地を築き、沖縄戦で首里城は跡形もなく破壊された。沖縄の復帰20年に合わせた平成の首里城復元事業は、国による戦争被害の回復という側面があった。

 今回の再建に責任を持ち参画するのは、焼失を機に自身のアイデンティティーの中に首里城が刻まれていたことを自覚した一人一人の県民だ。玉城知事は火災翌日に官邸を訪ねて財政措置を含めた支援を求めたが、その対応は早計ではなかったか。

 県、那覇市、沖縄美ら島財団に県内外から集まった寄付金の合計は50億円を超えている。同財団は年間2940万円の保険料を支払っており、保険金の支払限度額は70億円だ。自力再建の可能性も含めた財源の在り方について、まずは県民に議論を委ねるところから始めるべきであろう。

 龍柱の向きや所有権を国が持つことの是非など、開かれた県民議論を促し、再建の方向性を見いだしていく県のリードが求められている。