【大学野球】「それなら点差を離せ!」 秋の東京六大学が生んだドラマ、1人の登板を巡って…

初回に打者を三振に斬り、雄たけびを上げる明大・入江大生【写真:荒川祐史】

DeNAドラ1入江が登板の明大、大量点にこだわり東大戦を戦ったワケ

東京六大学秋季リーグ戦は31日、明大が東大に9-3で快勝した。DeNAからドラフト1位指名され、注目を集めた入江大生投手(4年)が6回無失点と好投。しかし、その裏で一人の投手の登板を巡り、秋の学生野球らしいドラマが繰り広げられていた。

優勝はもうない。それでも、明大打線はしつこく粘り、安打を積み重ねた。5回までに4点を奪うと、6、7回には粘って四球を選び、相手の失策も絡み、一挙5得点。計10安打で今季最多タイとなる9点を奪った。ここまで必死にプレーしたのはワケがある。

DeNAから1位指名を受け、ドラフト会議後、初の登板で6回無失点と好投したエース・入江が自身の投球を振り返り、言った。

「それ(ドラフト)まではいろんな重圧がありました。今日はまた違った球場の雰囲気を感じていて、本来のピッチングではなかったけど、要所を抑えることができて4年生につなげられたことが良かったです」

口に出した「4年生」。それは9-0の9回に4番手で登板した金光勇介投手のこと。4年間の最終カードにして、迎えたのがリーグ戦初登板。大分の古豪・大分上野丘高出身の右腕だ。

田中武宏監督が経緯を明かす。

「僕自身はそういうことは考えてなかったんです。選手たちで話し合って、4年生から(金光を登板させたいと)提案がありました。『それなら、点差を離せ!』と選手たちに言ったんです。1、2点なら入江が最後まで投げていたでしょうから」

最終カードに向け、指揮官は主将の公家響内野手(4年)に誰をベンチ入りさせるか、相談したという。その中に金光の名前があった。4年生はどうしても投げさせたかった。それは、金光に受けた恩があったから。

監督から相談を受けた公家は言う。

「金光はデータのミーティングをする時も自分の時間を使って分析をしてくれて、自分たちが気づかないような相手の投手や打者の特徴を細かく春から伝えてくれていました。感謝の気持ちでいっぱい。なので、最後はどうしてもマウンドに立って欲しいという気持ちでした」

だから、得点を挙げるために意識を統一した。投手である入江も、その一人だ。

「バッティング練習もただ打つのではなく、ボールを長く見て、うちらしく逆方向をチーム全員で徹底しました。その結果が今日の安打数につながったし、明日につながったと思います」

こうして9点差がつき、背番号41の登板機会が用意された。

9回に登板機会が巡ってきた明大・金光勇介【写真:荒川祐史】

金光の登板機会を用意した選手たちに監督「大したものだなと」

入江は気温が低く、マウンドもいつもより柔らかいなど、自分が投げて感じたことを伝え、「あとは雰囲気を楽しんで頑張れ」と送り出した。

金光は硬くなったのか、先頭から3者連続四球で満塁のピンチを背負った。それでも、続く打者を中犠飛、三邪飛で1点を失いながらもアウト2つを奪取。直後に連打を浴び、2/3イニングで無念の3失点降板となったが、大切なことは結果じゃないと選手の言葉が示していた。

公家「点を取られてしまったけど、マウンドを降りる時にスタンドに来ていた部員たちから大きな拍手が上がっていたので、内容どうこうより最後に金光につなげたことが良かったです」

入江「僕にとっては結果はどうあれ、金光につなげたことが今日の一番の収穫。本当に一生懸命に腕を振って投げていて。なんというか感慨深くて、少し感動してしまいました」

そんな学生野球らしい選手の絆と行動力を目の当たりにして、田中監督もどこかうれしそうだった。

「試合に勝つのは大前提。日頃、見えない場所で努力をしている者もいる。その中で金光の名前が挙がった。いろんな形で貢献してくれた選手がいるし、展開によっても実際に試合で出せるかどうかは分からない。しかし、今日は野手陣が学年関係なく、その思いが伝わったんじゃないか」

その上で「自分たちで言ってきて、実行した選手たちは大したものだなと思います」と労った。

繰り返すが、優勝はもうない。それでも、東京六大学の最終カードで1人の仲間に晴れの舞台を用意するために団結した記憶は、金光はもちろん、選手たちにとって生涯忘れられないものになるだろう。

そして、今日、11月1日が最後の試合となる。(神原英彰 / Hideaki Kanbara)

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