新型コロナが生んだ新しい食文化 ミャンマーで広がる「出前」【世界から】

「オープージー」の宅配鍋。鍋にスープを入れて火に掛ければ出来上がる。何とも簡単だ=板坂真季撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかかる様子がない。欧州ではいわゆる「第2波」が襲来。フランスは全土で外出制限を実施。英国のジョンソン首相は10月31日、ロンドンを含む南部イングランド地方を対象に11月5日から12月2日まで制限を再導入する方針を表明するなどしている。筆者が住むミャンマーも9月中旬から新規感染者数が急増。9月24日、ミャンマー政府はロックダウン(都市封鎖)に踏み切った。

 自由を奪われる暮らしの中でも、いやそんな状況だからこそ、人々はさまざまな工夫をしている。そんな中、これまでになかった食文化も生まれている。(ミャンマー在住ジャーナリスト、共同通信特約=板坂真季)

 ▽「外食」不毛の地

 ミャンマーは当初、新型コロナウイルスの抑え込みに成功。1日当たりの新規感染者が1桁という状態が長らく続いていた。

 しかし、9月に入ると状況が一変した。1日当たりの新規感染確認が千人を超える日も珍しくなくなり、死者も急増。米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると、11月1日現在で累計の感染者数は約5万3千人、死者は1200人を超えている。

 事態を受けて、ミャンマー政府は4週間に及ぶロックダウンが実施した。そんな中、人気を呼んでいるのがフードデリバリーサービスだ。

 日本もそうだが、中国やベトナムなどアジア各国で多くの人が日常的に「食事の出前」を利用している。ところが、ミャンマー最大の都市ヤンゴンには配達を行う店はほとんどなかった。ヤンゴン市は市内へのバイクの乗り入れを禁じており、自転車が走行できる道路も制限している。結果、自動車で配達するしかなくなるので、コストが合わないのだ。

 そもそも、ミャンマーは外食文化があまり発達していない国だった。民主化が進み始めた2011年ごろから飲食店の数は増えたが、同時に中心部の渋滞も常態化。自動車での配達はさらに難しくなっていた。

新型コロナウイルスの感染拡大によるロックダウンの実施で閑散としたミャンマーの最大都市ヤンゴン市内=9月23日(共同)

 ▽一気に拡大

 この状況に変化が起きたのは14年ごろ。自転車を使ったデリバリーを始める会社が登場しだしたのだ。

 大通りなどは自転車の走行が禁じられている。そこで、これらの会社は路地を通って配達することにした。時には遠回りになることもあるが、デリバリーサービスの利便性を知る在住外国人や一部のミャンマー人富裕層が利用した。

 一般家庭へはなかなか浸透しなかったが、そんなときに新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。

 時を同じくして、「グラブフード」や「フードパンダ」といった外資系の大手デリバリー会社がミャンマーに進出した。外出すら思い通りにならないことも追い風となって料理のデリバリーサービスが一気に広がることとなった。

 ▽宅配鍋

 ロックダウンによるデリバリー人気で多くの飲食店も参入を開始したのに加え、デリバリーを専門にした新しい飲食サービスも数多く立ち上がった。デリバリー専門だと簡単に営業認可が下りることも急増した要因とされる。とりわけ人気を集めているのが、芸能人が経営するデリバリー専門店だ。

 イベントなどがなくなり収入源を絶たれた芸能人たちが、相次ぎ進出した。中でも、有名司会者のマウンマウンエーが始めた「オープージー」には注文が殺到した。日本語に訳すると「大きな熱い鍋」を意味するこの店はいわゆる「宅配鍋」の専門店。メニューも鍋料理1種類のみと絞り込んでいる。

 具材は肉の他、エビやウズラの卵、厚揚げ、イモ、ダイコンなど全部で15種類と盛りだくさん。肉は鶏肉か豚肉のどちらかから選ぶ。もちろん、スープとタレもつく。5~8人前あって、税と配達料が込みで料金は3万4500チャット(約2870円)。庶民には少々お高いが、外食で鍋を食べると1人1万チャット(約810円)はかかる。量を考えるとお得だ。

 最大の特徴は、具材がぎっしりと詰まった状態の鍋とともに炭や着火剤も届けられること。つまり、配達された鍋を火に掛けるだけで、お店と同じような料理を食べることができるのだ。鍋は後日、回収に来る。

 実はミャンマーにおける鍋料理の歴史は浅く、庶民に浸透したのはここ5年ほどのことだ。といっても、あくまでもレストランなどで食べるもの。自宅で鍋を囲むことはほとんど無く、鍋や卓上こんろなどもほとんど普及していない。火をつけるだけでOKという状態で配達されるオープージーがヒットした理由はこんところにあるのだろう。今では多くの模倣店も出てきている。

飲食店街の近くで待機する配達人たち。今ではヤンゴンのあちこちでこんな光景が見られる=板坂真季撮影

 ▽収束後は…

 フードデリバリーと宅配鍋はコロナ禍が生んだ新しい食文化といえる。ただし、まだ定着したとまでは言い切れないのも事実だ。

 それゆえ、新型コロナウイルスが収束した後も人気が持続するかは不透明とされる。例えば、フードデリバリー。人々が活動を再開することで街に自動車が戻った時に、現在と同等のサービスを維持できるかは疑問だ。交通事故を引き起こす新たな火種になる恐れもある。

 とはいえ、おいしい物を自宅で手軽に楽しめるようになったのはだれにとってもうれしいことだ。

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