「御書印」集め、静かなブームに リアル書店巡りのきっかけに期待

 読書の秋のお供に、御朱印ならぬ「御書印」はいかが―。紙の書籍を取り扱う書店の減少が続く中、店舗の外観や内装をかたどったはんこに、各店独自のメッセージを添えた「御書印」が、本好きの間で静かなブームとなっている。新型コロナウイルスの感染拡大で一時暗礁に乗り上げたが、10月に入り参加店は200店を突破。インターネット通販や電子書籍の広がりで苦境にあえぐ「街の本屋さん」は、「客足回復の起爆剤になれば」と期待を寄せている。(共同通信=古瀬裕太、松沢勇人)

長崎次郎書店の御書印

 熊本市中央区にある「長崎次郎書店」の御書印は、1924(大正13)年に建てられ、国の登録有形文化財に指定された店舗の外観と、小説家森鷗外が店を訪れたことを記した「小倉日記」の一節。趣のある店舗を一目見ようと、他県の書店で紹介されたという客が、はんこを押してもらう「御書印帖」を手に訪れているという。

一頁堂書店の御書印

 岩手県大槌町の「一頁堂書店」の御書印は、絵本作家長谷川義史さんによるイラスト。客とみられる子どもと店員が楽しそうに目当ての本を探している様子が描かれている。群馬県桐生市にある「近江屋書店」は、地元の伝統行事「桐生祇園祭」の様子を描いたはんこに、カフカの「書物はわれわれの内なる凍った海のためのおのなのだ」を添えた。

近江屋書店の御書印

 門司港駅(北九州市門司区)の重厚な駅舎を御書印に採用したのは、同区の「金山堂書店」。店員がはんこの上に、アインシュタインの名言「情報は知識にあらず」を書き込む。

金山堂書店の御書印

 御書印は、店員が御書印帖にはんこを押し、メッセージを記入する。費用は1回200円前後。参加店では、表紙が緑色の専用の御書印帖を無料で配布している。小学館パブリッシング・サービス(東京)の小川宗也さん(49)が、友人の1人が趣味にしている御朱印集めをヒントに発案した。

プロジェクトに参加している書店で入手できる「御書印帖」(小学館パブリッシング・サービスの小川宗也さん提供)

 営業活動ではなく、客として訪れた書店で店長や店員に話し掛けられず「客と店側のコミュニケーションがなく、このままだと書店に足を運んでくれる人がますます減ってしまう」と危機感を抱いたのがきっかけだった。「もっと多くの人に本屋さんに足を運んでもらいたい。本屋さんをもっと好きになってもらいたい」と強調する。

 紙の書籍や書店を取り巻く環境は深刻だ。

 全国の新刊書店でつくる日本書店商業組合連合会(東京)によると、2000年に約9400店あった加盟店は、10年間で5千店台まで減り、今年4月には3千店を切った。出版科学研究所(東京)の調査では、紙の書籍の販売額も減少傾向にある。

 こうした惨状に追い打ちを掛けたのが、新型コロナウイルスだ。コロナ禍の巣ごもり生活で読書量が増えたとの調査結果がある一方、感染防止の観点から多くの書店が休業したり営業時間を短縮したりし、政府の緊急事態宣言で新刊の販売延期や中止も続出した。出版業界に詳しい出版科学研究所の久保雅暖さん(39)によると、中でも大きな影響を受けたのが雑誌で、複数週分をまとめた「合併号」の発行が相次いだという。

 御書印も一時企画倒れの危機に直面したが、感染拡大のペースが鈍化して人の移動が活発化したことで、参加店が増加。プロジェクトが始まった直後の3月はわずか46店だったが、10月5日には41都道府県の208店まで拡大した。久保さんは「リアル書店に足を運ぶきっかけになる」と太鼓判を押す。

 最近は本好きの間で話題に上がる機会が増え、フェイスブックのグループもできた。

青木杉匡さんの御書印帖(本人提供)

 グループのメンバーの1人、神戸市の自営業青木杉匡さん(48)は、御書印を取り上げたインターネット記事を読んで興味を持ち、9月に収集を始めた。「料理本ばかりを取りそろえた、珍しい書店が大阪にあると聞いた。行ったことのない店にたくさん行ってみたい」と声を弾ませる。

 店側も手応えを感じ始めている。

 福岡市中央区にある「ブックスキューブリックけやき通り店」ではここ数カ月、御書印帖を手にする客が増加。店員の菅谷枝理子さん(34)は国内各地を旅しながら御書印を集める、20~30代とみられる男性に出会ったといい「じわじわ認知度が高まっている。参加店がさらに増えたらうれしい」と期待する。

 同店の御書印は、店名のアルファベット表記と、「ローカルブックストアである」のメッセージ。「地域に根差した本屋さんでありたい」との願いを込めたという。

 金山堂書店の菅中誠二代表取締役(47)は「いろいろな人とつながるきっかけになれば」と希望。長崎次郎書店の店員大村奈美さん(37)は「ネットでは得られない本や店員との偶然の出会いや、各書店のこだわりを楽しんでもらいたい」と力を込める。

 近江屋書店の岸田啓作社長(48)は「初めての書店では誰でも店員に話し掛けにくいはず。御書印があれば『どこから来たのですか』『こんなところも行ったのですね』などとレジ前で話すきっかけになる」と見込む。

 岸田さんは、本好きが実際に街に足を運んでくれる点に大きな意味があるとも指摘。「地域の歴史や地元ゆかりの作家を紹介して、周辺を歩いてもらえば、街を好きになるきっかけになるかもしれない」と、地域活性化への期待を口にする。

 小学館の小川さんは、プロジェクトを全都道府県に広げることを当面の目標に掲げる。「海外進出も果たしたい。言葉が通じなくても、はんこは押せる。まずははんこの文化が根強い中国、台湾、韓国あたりを狙いたい」

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