核禁条約 被爆者の訴えが後押し 市民が条約を育てていく 長崎大レクナ 中村桂子准教授

核兵器禁止条約の署名、批准国・地域、核保有国、「核の傘」国の一覧

 核兵器の開発から使用までを全面的に禁じる核兵器禁止条約を批准した国・地域が10月24日、50に達し、来年1月22日に発効することが決まった。原爆投下から75年。被爆地の悲願でもある核兵器廃絶に向けた大きな前進だが、核保有国や米国の「核の傘」に頼る日本政府は条約に反対している。不参加国には条約順守義務がなく、実効性にはなお課題が残る。核を巡るこれまでの国際情勢などを振り返るとともに、条約の意義などについて識者に聞いた。

 広島、長崎への原爆投下翌年の1946年。創設されたばかりの国連は、核兵器廃絶などを目標とすることを総会決議第1号とした。だが、東西冷戦の下、米国や旧ソ連などが相次いで核実験を実施。核や軍拡を巡る情勢は緊張の度を高めていった。
 こうした中、核軍縮の枠組みとして70年に発効したのが核拡散防止条約(NPT)だ。核保有国を米国、ロシア、英国、フランス、中国に限定し、「核軍縮のための誠実交渉義務」を課す一方、非保有国には原子力の平和利用を認め、核兵器製造や取得を禁止した。ただ、NPTは言い換えれば5大国には核保有を認めた条約で、当初から不平等さが指摘されていた。肝心の核軍縮は遅々として進まず、NPT未加盟のインド、パキスタンなどが保有国の仲間入りをしていく。
 核兵器禁止条約の必要性が訴えられる契機となったのは、核兵器の使用や威嚇を「一般的に国際法違反」とした96年の国際司法裁判所の勧告的意見だ。NPTの運用状況を点検する5年に一度の再検討会議でも、段階的な核軍縮を主張する保有国と非保有国との溝が埋まらない状況が続き、不満を募らせた非保有国は2017年7月、国連で核兵器禁止条約を採択した。そして今年10月24日、中米ホンジュラスが50番目の批准国となり、発効が決まった。

核兵器を巡る国際情勢の推移

 発効決定の大きな後押しになったのは、被爆者らの長年の訴え、働き掛けにほかならない。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の呼び掛けで16年4月に始まり、全ての国・地域に核兵器禁止条約の批准などを求める「ヒバクシャ国際署名」活動は、被爆地の本県でも県民の会が中心になって取り組みを進めた。これまでに国内外で集まった署名は累計で1261万2798筆(9月18日集計時点)に上る。原水爆禁止日本協議会(原水協)によると、「核廃絶へのアプローチが異なる」として条約に背を向ける日本政府に対し、国内495自治体の議会(10月23日現在)が批准を求める意見書を採択した。
 県被爆者手帳友の会の朝長万左男会長(77)は、政府の姿勢に「このままでは国際的信用は地に落ちる」と批判。長崎原爆被災者協議会(長崎被災協)の田中重光会長(80)は「政府は国民の声に耳を傾け、国会で論議してまずは条約に署名してほしい。それでこそ、唯一の戦争被爆国だ」と訴える。

 核兵器禁止条約の意義は、核保有国に対し核兵器を持っていることに“悪の烙印(らくいん)”を押すことができることだ。対人地雷禁止条約(1999年発効)やクラスター弾禁止条約(2010年発効)では、条約に参加していない国にも影響を与えた。現に、米国は対人地雷禁止条約に参加していないが、国内で対人地雷を製造しなくなった。
 もっとも、核禁条約ができたからといって、すぐに世界が変わるわけではない。条約の詳しい内容が固まっておらず、“生まれたての赤ちゃん”のような状態。50カ国・地域の批准は国連加盟国の4分の1にすぎず、手放しに喜べない。
 核保有国が一切交渉に関わっていない中で、今後は保有国が批准できるような取り組みの在り方を議論しなければならない。保有国が参加した場合、どのように核兵器を廃棄するか、本当に減らしているかを確認する必要がある。現在参加している非核兵器国だけでは、それらのノウハウがないため、専門機関の設立も検討しなければならない。核実験の被害者支援をどのようにするか、そもそも、誰を被害者と捉えるかなど、具体的に条約の中身を詰める努力が必要だ。
 これらは発効後1年以内に開かれる締約国会議で詰めることになる。だからこそ、日本はオブザーバーとして参加すべきだ。たとえすぐに条約に賛同できなくても、議論をけん引できるはず。それが、日本政府が主張し続けている核保有国と非保有国の「橋渡し」になるのではないか。
 専門家ではなくても、市民社会一人一人の手で変えられることは多くある。その一つが、会員制交流サイト(SNS)。核問題に関する投稿に対して「いいね」を押す。その意思表示が積み重なっていくことで、国会議員らの目にとまり、世界を少しずつ変えていく力になる。被爆地長崎の人々の手や、市民社会が条約の中身を決めていく議論に声を上げていき、条約を育てていかなければならない。広島と長崎の核廃絶を願う声が、世界の常識になる。

 【略歴】なかむら・けいこ 1972年神奈川県生まれ。米モントレー国際大大学院修了。NPO法人ピースデポ(横浜市)事務局長を経て、2012年から長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA=レクナ)准教授。専門は核軍縮、市民社会と核兵器廃絶。

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