トルコ、コロナ禍のイスラム式土葬とは 遺族に寄り添う「おくりびと」

 全身真っ白な防護服姿の職員2人が、新型コロナウイルスに感染して亡くなった男性の遺体を清めていた。狭い作業部屋にはマスク越しのこもった声でイスラム教の聖典コーランの一節が響く。国民の9割がイスラム教徒のトルコでは、埋葬もイスラム式の土葬で執り行われる。今、職員たちを悩ませるのは、新型コロナウイルスの感染防止対策だ。病床で面会できないまま葬儀の日を迎える遺族も多い。最後の別れにどう寄り添うか。トルコの「おくりびと」たちが働く現場を取材した。(共同通信=安尾亜紀、写真・HUSEYIN・ALDEMIR)

新型コロナウイルスに感染し、亡くなった人をひつぎに納める職員=9月、イスタンブール

 訪ねたのはトルコ・イスタンブール市東部にある市役所の施設だ。遺体を清め、納棺を担う。新型コロナ感染拡大から間もなく、感染者専用の施設となった。職員らは遺体を水で清めた後、「ケフェン」と呼ばれる白い布にくるみ、ローズウオーターや樟脳を振りかけていた。

 感染対策の柱は、遺体を二重に密閉することだ。ビニール製の黒い袋に入れ、納棺の際には木製のひつぎのふたを厳重にふさいでいた。そのまま墓地に運ばれ、土葬される。通常ならひつぎは密閉されず、遺体は墓地でひつぎから出されケフェンにくるまれた状態で埋められる。

ひつぎに手を置く女性

 イスラム教では火葬は禁止され、顔が聖地メッカを向くようにして土葬される。世界保健機関(WHO)の暫定ガイダンスは、遺体から感染する可能性は低いと指摘し、火葬か土葬かは地域の基準や家族の判断に委ね、接触を避ける慎重な対応を求めている。

 本来、遺体を清める一連の作業には遺族も参加でき、故人を身近に感じる最後の機会となる。だが、ここでは防護服を着た職員しか認められない。遺体を清める作業が終わるたびに、職員が作業台や床を念入りに消毒し、完了するとすぐ次の遺体が運び込まれてきた。9月中旬のある日、取材した数時間だけで5遺体が届いた。

遺体を清める作業が終わるたびに部屋の掃除をする職員

 遺族は建物の外で待つしかない。ハンカチを握りしめ、泣きながら納棺を待つ女性、ひつぎの前でコーランを読みながら涙を流す男性などさまざまだが、最後のお別れができないのは皆同じだった。

 現場で働くのは、イスラム教の専門知識を学んだ市職員だ。責任者の女性、ゼイネブ・ブラルさん(33)は、4年前からこの仕事をしている。「コロナ対策のためやるべきことが増えた。防護服を着て作業するのはとても大変」と話す。感染者の場合、長い間病院に入院し、面会できないまま亡くなることが多い。最後に一目でいいから会いたいと望む遺族の声が強く、それに応えたいと、納棺前に遺体の顔写真を携帯で撮り、外で待つ遺族に見せるようにした。

ゼイネブ・ブラルさん

 納棺が終わり、並べられたひつぎの一つに、あでやかな花柄のスカーフが掛けられていた。聞いてみると、亡くなった女性が生前に使っていたものだという。「その方が、遺族が外から見ても本人だと感じやすいだろうから」。同じ形の簡素な木製のひつぎが並ぶ中、このひつぎからは女性らしさが感じられた。

花柄のスカーフ(右端)がかけられたひつぎを担ぐ人々

 さまざまな制限が求められる中、顔写真の撮影や女性のスカーフなど、ブラルさんたちによる遺族へのささやかな配慮がうかがえる。悲しみを抱える遺族も、最後には感謝の意を伝えてくれるという。「神から来た人を、また神のもとに返す準備をするのが私たちの仕事です」。ブラルさんは自らの仕事についてそう語った。

 遺族が望めば施設の中庭などで簡素な葬儀が行われる。普段はモスク(礼拝所)などで行われるものだが、今はそれもできない。イマーム(イスラム教の指導者)が前に立ち、祈りがささげられるだけだ。青空の下、緑の布に覆われたひつぎの前で祈りを詠むイマームも白い防護服を着ている。参列を認められた少数の親族らは互いに距離を保って礼拝し、葬儀は10分たらずで終了した。ひつぎは車両に乗せられ、そのまま墓地へと向かった。

防護服姿のイマーム(左奥)によって執り行われる葬儀

 トルコでは6月に制限が緩和されて以来、再び感染者が増加し、第2波の懸念が高まった。施設職員の1人は「多い日は1日に50人近い遺体を受け入れたこともあった。一時は2~3人にまで減っていたが、6月以降また増え始め、今では1日に7~8人を埋葬している」と話す。

新型コロナウイルスの死者専用墓地で墓参りする人たち

 施設から3キロほど離れた小高い丘の上には、コロナ感染者専用の墓地がある。新しく作られた真っ白な墓石が同じ方角を向いて延々と並んでいた。この職員は「トルコ初のコロナ患者を(この墓地に)埋葬したのが、今年3月だった。それが今では2千人以上だ。きっとこれからも増え続けていくのだろう」と話した。

新型コロナウイルスによる死者専用の墓地

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