『GRIP』は日本のパンクシーンを形成してきたHUSKING BEEの決意が詰まった瑞々しい一作

『GRIP』('96)/HUSKING BEE

11月4日、HUSKING BEEの通算10枚目のオリジナルアルバム『eye』がリリースされるとあって、今週は彼らのデビュー作『GRIP』をピックアップする。昨年、結成25周年を迎えた、メロコア、エモシーンのベテランと言える存在であろうが、HUSKING BEEがいかにレジェンド的なパンクバンドであるのか、まずはそこから語っていこう。

日本のパンクシーンの変遷

先日、メンバーにデスヴォイス担当がいる女性アイドルグループにインタビューする機会に恵まれた。終始デスヴォではなく、メインヴォーカルにはオートチューンがかかっていたり、ラップもあったり、サウンドにはレトロフューチャー感があったりで、トータルで見たらいわゆるミクスチャーで、一部スクリーモ要素を取り込んだ感じではあったのだが、それにしても女性アイドルがデスヴォとは、自分のような古い人間は正直言って面食らう。

アイドルグループの多様化はそのシーンをつぶさに観察していないような自分でも何となく感じていたところではあったけれども、スクリーモ、引いてはエモ、ハードコアといったパンクから派生したジャンルも随分と大衆化したものだと思った。1980年代前半くらいまではパンクですら、まだアンダーグラウンドなものであった。忌み嫌われる音楽ジャンルだった…とまでは言わないけれども、パンク的なファッションは好奇の目にさらされるようなところがあったことは間違いない。田舎では基地の外にいる扱いをされるようなこともあったかもしれない。それがいくつかのエポックメイキングなバンドの出現により、シーンが隆盛を迎え、現在のように多種多様に分派した。日本において決定的なエポックと言えば、まず、先週のこのコラムで紹介した↑THE HIGH-LOWS↓の前身、THE BLUE HEARTSの登場だろう。今回の主旨とは若干離れているので、そこはここでは割愛するが、一点だけ──THE BLUE HEARTSの「パンク・ロック」の歌詞に、前述した当時のパンクが大衆的でなかったことと、そこから先の未来を予見していたような描写があるので、そこだけは記しておきたい。

《吐き気がするだろう みんな嫌いだろ/まじめに考えた まじめに考えた/僕 パンク・ロックが好きだ》《友達ができた 話し合えるやつ/何から話そう 僕のすきなもの/僕 パンク・ロックが好きだ》(THE BLUE HEARTS「パンク・ロック」)。

これが、パンクがアンダーグラウンドを脱してポピュラリティーを獲得した瞬間だったように思う。

日本において現在までパンクが隆盛を誇るきっかけ、その決定的転換点は、これはもうHi-STANDARDであることは疑う余地がなかろう。もはや、その説明をする必要もない気すらするが、ザっと振り返ると──。音源は自分たちのレーベルと言っていい“PIZZA OF DEATH RECORDS”で制作というインディーズでの立ち位置を貫き続け、タイアップはおろかプロモーションですらほとんどない状態にも関わらず、アルバムは50万枚以上のセールスを記録。『ANGRY FIST』をチャート4位に叩き込み、『MAKING THE ROAD』はついに100万枚を超すという大金字塔を打ち立てた。作品のセールスだけではない。バンド主催の野外フェス『AIR JAM』。この企画を実現させたことも相当に大きい。今はさまざまなバンド、アーティストが独自に主催フェスを行なっているが、その先駆けであって、『AIR JAM』がなかったら現在のフェスのスタイルは変わっていたことも間違いなかろう。

自主レーベルでの音源制作とその運営、そしてバンド主催の野外フェスの開催という、Hi-STANDARDが取り組んだものは、それがある種、ロックバンドのひな型となって彼らのフォロワーたちに受け継がれ、シーンの隆盛につながった。ひと口に語るのも憚られるが、そういうことだと思う。ただ、そのひな型も決してHi-STANDARDだけで成立するものではなかった。レーベルは同じメンタリティーを持ったアーティストたちがそこに集まることで活性化する。あるアーティストだけがそこにいて、それがブレイクしたとしても、それによってシーンが形成された…とはならないだろう。フェスに至っては言わずもがなで、ひとつのアーティストで行なうようなフェスもあるにはあるが、正直言って、単体のライヴの域は出ないように思うし、これもまた多くのアーティスト、バンドたちが集って成立するものであり、それが盛況となることでムーブメントが作られると思う。

その意味で、Hi-STANDARD出現以後、PIZZA OF DEATH RECORDSならびに『AIR JAM』に関わったバンドたちは、多様化しながらも今日まで続くパンクシーンの歴史の中でHi-STANDARDと並んで重要な存在であると言える。PIZZA OF DEATH RECORDSから1stアルバムを発表し(しかも、プロデュースはHi-STANDARDの横山 健!)、『AIR JAM』の第一弾であった『AIR JAM '97』に出演しているHUSKING BEEは、シーンの担い手のひとつであったと断言していい。HUSKING BEEもまた、もし彼らがいなかったとしたら、その後のシーンの姿は明らかに変わっていたと存在と言えるはずだ。説明が大分長くなってしまったが、それは彼らがパイオニアであり、レジェンドであることを感じとってほしい故のことだとご理解いただきたい。

まさにエモーショナルな音

さて、ここからは、そのHUSKING BEEの1stアルバム『GRIP』へ話題を移す。彼らに限らず、それこそHi-STANDARDを含めて、この辺のパンクは、メロディックハードコア=いわゆるメロコアと言われている他、ポップパンク、パワーポップ、あるいはエモと呼ばれているようである。“メロディック”や“ポップ”が付くと何となく分かるが、エモーショナルハードコアから転じたとも言われるエモは、その言葉だけで見たら分かったような分からないような感じだ。もっとも、HUSKING BEEが結成された当時はそんな言葉はまだ使われておらず、[後にエモ等のアーティストを多数輩出するDOUGHOUSEより海外版をリリースすることにより、徐々に日本においてもエモの先駆者という扱いを受け]たというし、他媒体のインタビューによると本人たちにもHUSKING BEEはエモだという明確な意識はなかったらしい。だが、『GRIP』を聴いてみると、ここで鳴っている音楽に“エモーショナル”との形容が付与されたのも納得である。

躍動感。『GRIP』のメロディー、サウンドはこの言葉に尽きるような気がする。もっと簡単な言い方をすれば、歌も楽器の音もとても活き活きとしているのである(馬鹿っぽい言い方ですみません…)。ただ、その躍動感にあふれた音、活き活きとした音を、HUSKING BEEはこの時点では3人のメンバーで出していることに注目せねばなるまい。磯部正文(Vo&Gu;)、工藤哲也(Ba)、平本レオナ(Dr)(※2000年に平林一哉(Gu)が加入して4人編成となり、以後、解散~再結成後はメンバーチェンジを経て、現在は磯部、平林、工藤で活動中)。もちろん、M8「QUESTION」ではピアノなど外音もあるし、ギターをダビングしたものもあるだろうが、ライヴでの再現を考えたのか、もともとライヴを通して仕上げてきた楽曲であるからか、3ピースというロックバンドとしては最少の音で最高に仕上げる工夫が随所で感じられる。ほぼ全編でそうなのだが、以下、個人的に“おっ!?”と思った楽曲をいくつか上げてみたい。

まず、アルバム中盤に位置するM4「THE SHOW MUST GO ON」、M5「DON'T GIVE A SHIT」、M6「SHARE THE JOY OF OUR TOUR」辺り。これは1~3曲目では、そのサウンドの疾走感とメロディのセンスに惹かれて、冷静に楽曲の構造を分析するに至らなかったという、こちら側の問題(?)もあろうが、曲順にもリスナーを飽きさせないような配慮もあったのではないかと想像する。M4~M6はいずれもより激しいビートで迫る攻撃的なナンバーであるが、若干リズム隊の手数が減ってサウンドをグルービーに聴かせる箇所があったり、ブレイクがあったりする。この辺は演奏しているメンバーにとって気持ちの良い瞬間ではあろうが、リスナー、オーディエンスにとっても実に気持ちの良い瞬間である。単調に聴かせない工夫に加えて、音楽的快楽を与えていると言ってもいい。M9「ONLY WAY」もそう。パッと聴き、これもアップテンポかつポップなメロディーを持つ実にメロコアらしいナンバーなのだが、展開がわりとめまぐるしく変化していく。それが楽曲全体の疾走感をどんどん上げていっているようで、単純にカッコ良いし、単純にアガる。

メロディーだけに話を絞れば、1990年代のパンクシーンを代表する一曲、M3「Walk」はもちろん決して聴き逃してはならない代物だが、ここはやや変化球ではあるものの、M11「GO IT ALONE」を推してみたい。この曲も全体には十分にメロディアスで、サビは突き抜けるようなキャッチーさを有しているが、イントロのポップな感じに反して、マイナー調に展開していくBメロが何とも言えず良い。こうしたメロディー展開は、上記サウンド部分で述べたようなリスナーを飽きさせない工夫でもあるだろうが、それ以前に、“本当に歌が好きなんだろうな”と思わせる旋律である。何と言うか、個人的にはこういうメロディーを書く人は信用できるという印象だ。コードの合わせ方も絶妙で、この辺からも歌メロを大切に扱っていることがうかがえて心憎い。

生々しい歌と演奏、そして歌詞

あと、これは全体を通して言えることだが、何がエモーショナルかって、歌声と演奏が最もエモーショナルであろう。磯部の声はある音域からハスキーになる…というか、これはこの時期の特徴なのかもしれないが、若干無理してシャウトしているようなきらいがあるように思う。ハスキーというよりも、しゃがれていると表現したほうがいいかもしれない。腹から声を絞り出しつつも、あり余る熱量が喉を震わせ、かすれさせている──そんな感じだ。だが、それだからこそいい。英語詞なので、パッと聴き何を叫んでいるのか分からないけれども、とにかく何かを訴えていたり、誓っていたりしていることが感じられるヴォーカルなのである。楽器隊は各パートともいろんな引き出しを持っているという印象だが、テクニカルにいくというよりも、勢いで攻めているように見えるのがいい。もしかすると、それは意識的だったのかもしれない。いい意味で、きれいにまとめているよう感じがしないのだ(とっちらかっているという意味ではない)。アコギ2本のアンサンブルで聴かせるM14「ALL YOUR LIFE」が顕著だろう。こういうサウンドはおそらくいくらでも綺麗にまとめられるはずだが、ここでのギターはどちらかと言うと生々しさを優先させている印象がある。

さて、最後に歌詞について少しだけ。前述の通り、全編英語詞なので、少なくとも英語い馴染みがない人以外は、パッと聴きその意味が分からないとは思われるが、真っ直ぐな心境が吐露されたものが多いようではある。特にタイトルチューンM3「WALK」には、おそらくこれが1stアルバムであるということを含まれているのだろう。瑞々しくも、それでいて浮足立つことのない所信表明のようで、とても良い。

《I was overly precautions Reminiscing the good old days/At any rate I wanted to begin for myself/At any rate I wanted to walk》《Before I knew it I facing forward So far, so good/I started to understand where I was going/My foot path stretched behind my back》(M3「WALK」)。

また、アルバム『GRIP』収録曲の歌詞に関して、これだけは絶対に記しておかなければならないのは、M2「8.6」だろう。タイトルは8月6日のこと。これだけでもピンと来る人も多いだろうが、歌詞を手掛ける磯部が広島県出身ということを知れば、多くの日本人は何について綴られたものであるか分かるはずだ。

《The number 8.6 is stanmped in the city/I want no more numbers fixed again/A mountain of black stiffs It was a night marish truth/I don't want it happen again》《I'm proud I was born there/I'm proud I was brought up there/I like the peace and quiet of the town》(M2「8.6」)。

日本のパンク、エモが世界に発信する内容として相応しい…という言い方が適切かどうか分からないけれども、個人的にはそう思う。まぁ、日本うんぬん以前にロックバンド、アーティストとして、とても大事なことを歌っているのは間違いないし、ここにもHUSKING BEEの決意が垣間見える。

TEXT:帆苅智之

アルバム『GRIP』

1996年発表作品

<収録曲>
1.ANCHOR
2.8.6
3.WALK
4.THE SHOW MUST GO ON
5. DON'T GIVE A SHIT
6. SHARE THE JOY OF OUR TOUR
7.BEAR UP
8.QUESTION
9.ONLY WAY
10.DON’T CARE AT ALL
11.GO IT ALONE
12.MY OWN COURSE
13.BEAT IT
14.ALL YOUR LIFE

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