【大学野球】打った本人も三塁コーチャーも涙 「今世紀最大の試合」呼んだ早大9回2死逆転弾の裏側

逆転2ランに涙で本塁へ向かう早大・蛭間、その後ろで目元を拭う三塁コーチャーの姿も…【写真:荒川祐史】

V逸まであと1死から蛭間が逆転2ラン、ダイヤモンドを回る最中にもう涙、涙…

東京六大学秋季リーグ戦最終週は8日、両校の優勝をかけた早慶戦が神宮で行われ、早大が慶大に3-2で逆転勝ち。10季ぶり46度目の優勝を飾った。敗戦まであと1アウトの9回2死一塁から8番・蛭間拓哉中堅手(2年)が奇跡の逆転2ラン。その裏にドラマチックな物語があった。

白球がバックスクリーンに着弾するのを見届けると、胸が熱くなった。蛭間は歩みを進めるごとに視界がゆがんでいく。三塁コーチャーの学生コーチ・杉浦啓斗(4年)も涙で後輩を迎える。三塁ベースを蹴った2年生はホーム寸前でもう目元を押さえ、涙でホームイン。さらにベンチ前に飛び出して出迎えた選手たちの目にも光るものが……。揺れる神宮に早大ナインの歓喜の声がこだました。

「正直、驚きました。最後はベンチに入れなかった4年生、ベンチを支えてくれた4年生が打たせてくれたと思います」

早慶戦の歴史に残るドラマは1点ビハインドの9回2死にやってきた。前日に続く連投で8回からマウンドに上がっていた慶大のエース・木澤尚文(4年)に対し、7番・熊田任洋遊撃手(1年)が左前打。前日に木澤から本塁打を放っている蛭間に対し、相手ベンチは左腕・生井惇己(2年)にスイッチした。ここで倒れればV逸。小宮山悟監督がベンチを出て、蛭間と狙いを確認した。

それは「外角のストレートに踏み込んで打つ」こと。意思確認が終わり、指揮官から「腹を決めていけ」と送り出された。しかし、だ。

初球に投じられたのは、外角に逃げていく126キロのスライダー。なのに、蛭間は打ちにいった。うまくバットに合わせた打球はセンター方向へ、高々と舞う。滞空時間が長く、なかなか落ちてこない。中堅手が背走したが、その行く手をフェンスが遮った。神宮に詰めかけた観衆1万2000人は騒然。打たれた生井ら、慶大ナインがグラウンドに崩れ落ちる中、逆転2ランを放った2年生は涙、涙でダイヤモンドを一周した。

小宮山監督は「スライダーがやっかいな投手だから、スライダーをどうやって頭から消せるかを考えて本人と話をしたのに……。ああいうバッティングができるというところに蛭間の素晴らしさを感じた」と手放しで称えた。次打席で待っていたエースの早川隆久(4年)も「ベンチのみんなもそうだけど、ベンチに入ってない部員も全員の魂が乗り移って蛭間のホームランにつながったのかなと思う」と振り返った。

早大・小宮山悟監督【写真:荒川祐史】

小宮山監督「今日の試合が人生で一番感動」「今世紀最大のゲームと言っていい」

殊勲の2年生は、試合後の会見も涙、涙だった。

監督と確認した外角直球狙いにもかかわらず、スライダーを打ったことについては「体が勝手に反応した」と回顧。直前でスイッチした生井についても「春に満塁の場面で見逃し三振をしていて、それが本当に屈辱的で……。左投手もリーグ戦を通して全然打てなくて、あの三振があったからこそ、最後は割り切って思い切り踏み込む意識でやった。それがああいう風になった」と振り返った。そして、4年生の話題になると声を詰まらせた。

「4年生たちがデータとかも本当にやってくれて感謝しかなかったので……最後に一本打てて良かったです」

日陰の役回りもチームのために率先して買って出た最上級生たちの献身に報いる逆転弾。「自分のために」ではなく「誰かのために」を思えるものがある組織は強い。それを証明するような試合だった。

プロ野球、メジャーを経験した指揮官が「野球で長いことメシを食ってきたけど、今日の試合が人生で一番感動した。素晴らしかった」と言い、最後には「ひょっとしたら、今世紀最大のゲームと言ってもいいくらい」とまで評した早慶戦。「早稲田の歴史ある伝統を『一球入魂』の魂を持って継承していきたい」と語った背番号29によって、10季ぶりの天皇杯がもたらされた。(Full-Count編集部)

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