NBAが感染者ゼロに抑え込めた理由とは 立役者は「小さな札」

10季ぶり17度目の優勝を果たし、トロフィーを手に喜ぶレーカーズの選手ら=10月11日、オーランド近郊(AP=共同)

 米プロバスケットボールNBAの2019~2020シーズンが10月11日にようやく終わった。昨年10月下旬に開幕したものの新型コロナウイルスの感染拡大を受け、レギュラーシーズン終盤の3月に中断するという特別なシーズンはロサンゼルス・レーカーズが10季ぶり、17度目の優勝を飾った。

 シーズンが再開したのは7月30日。移動による感染を防ぐため、米フロリダ州オーランド近郊の大型施設に集結し、無観客で集中開催する形となった。これも異例のことだ。結果、新型コロナウイルスの新規感染者を一人も出すことなくシーズンを終えることができた。大成功と高く評価された感染対策に大きく貢献したのは「小さな札」だった。(共同通信社=山﨑惠司)

 ▽近くにいると警戒音

 それが「セーフタグ」。大きさは縦5センチ、横3センチ余り、厚さ8ミリで、重さは14グラム程度と、まさに「小さな札」だ。

 もともとはタグを身に着けた選手のパフォーマンスをデータ化する技術を発展させた「セーフゾーン」を利用している。これがソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保と濃厚接触の把握に絶大な効果をもたらした。

 仕組みはこうだ。セーフタグ同士がソーシャルディスタンス内に接近すると、ライトが点滅。一定時間、ソーシャルディスタンス内に居続けるとアラーム音が鳴って警告する。

 ソーシャルディスタンスの距離は自由に設定できる。NBAでは米疾病対策センター(CDC)が定める6フィート(約183センチ)とした。一方、欧州では2メートルだ。また、警告音が鳴るまでの時間も変えることができる。

 日本の厚生労働省は濃厚接触者について「ウイルスがうつる可能性がある期間(発症2日前から入院等をした日まで)」に「対面で互いに手を伸ばしたら届く距離(1メートル程度以内)で15分以上接触があった場合」としている。この基準にも対応可能だ。

 接触データはどうやって集めるのだろう。充電器から外すと同時に記録が始まる。データは充電時に取り出せるだけでなく、パソコンなどで管理することも可能だ。

 ▽報道陣にも着用義務

 身につけていても気付かないほど軽いセーフタグだが、新型コロナウイルスの感染防止への効果は大きい。1・5時間の充電でおよそ12時間の使用が可能なので、日常生活を送る上では十分だ。

 使用状況にもよるが、センサー内の記憶装置に蓄積されたデータは少なくとも数年前までさかのぼれる。感染者が判明した場合、ソーシャルディスタンス内で誰とどれくらいの時間を過ごしたかという接触記録が時系列で蓄積されるため、濃厚接触者を容易にたどれることになる。

 欠点はもちろんある。先述したようにセーフタグを持っている人に限定されるところだ。

 そこで、NBAは関わる人全てを対象にすることにした。試合をする選手を始めとするチーム関係者に加え、試合運営のスタッフや報道陣まで含めたのだ。

セーフタグ(「スポヲタ」提供)

 ▽自身でデータ管理

 セーフタグが記録できるのは「人と人の接触」だけではない。部屋など特定の場所にセーフタグを設置しておくと―セーフタグを身につけた人に限定はされるものの―「誰が」「どれくらいの時間」滞在したかについてのデータも得られる。

 データを自分自身で管理できるのも安心につながっている。日本でも政府が新型コロナウイルスのスマートフォン向け接触確認アプリ「COCOA(ココア)」を導入している。しかし、プライバシー保護に関して不安視する人が少なくないため普及が進んでいない。

 米国ではNBAに続いて、プロフットボールNFL、大学スポーツのサウスイーストカンファレンス(SEC)も「セーフゾーン」を採用した。

 プロフットボールNFLでは、全32チームに300個ずつを配備した。1万個近くのセーフタグが、現在シーズンまっただ中のNFL選手を守っていることになる。来年の東京オリンピック、パラリンピックでも採用されれば、感染予防に大きな力を発揮するのは疑いないところだろう。

 日本での販売代理権を持つ「スポヲタ株式会社」の家徳悠介・最高経営責任者(CEO)はセーフゾーンについて次のようにコメントした。

 「(ドイツ)キネクソン社のセンサーを活用して開発されたセーフゾーンは感染拡大による混乱が続くスポーツ界にとって極めて有益なツールと言えます。初期導入時の工事が不要で、短時間でセットアップが可能。価格もリーズナブル。コロナ禍での運営に不安を持つリーグ、チームにとっては最適なソリューションだと思っています。日本での実績はまだありませんが、コロナウイルスへの不安が続く状況では、日本のスポーツ界にとっても有益だと考えます」

 ▽トラッキング技術を応用

 セーフタグは、物流や商品の管理に活用されるRFID(非接触認証)という技術を基礎にしている。ドイツの「キネクソン社」はこの技術を利用して、スポーツに進出した。

 まずは、タグを着用した選手のパフォーマンスをデータ化する「トラッキング」の分野で実績を積み上げた。トラッキング技術は大きく分けて①衛星利用測位システム(GPS)を利用するタイプ②カメラで撮影した画像を解析するタイプ―がある。これ以外にRFID技術を利用するものがあり、キネクソン社はこれを採用した。

 GPSは人工衛星を利用するため、サッカーやラグビーなど屋外のスポーツに向いているが、室内のスポーツには使えない。誤差も比較的大きい。カメラで撮影するタイプは設置にかかる労力が大きく、コストが高かったりする。

 これに対し、キネクソン社のシステムは屋内でもデータ採取ができる。設置も比較的簡便だ。加えて、採取できるデータは多様で正確。タグを着けた選手の移動距離や速度、加速と減速などはもちろん、ジャンプの高さを記録できる。これは他のトラッキングシステムにはない特長となる。

 大ざっぱに言うと、他のトラッキングは「平面=2次元」のデータだが、キネクソン社のものは「立体=3次元のデータ」を採取することが可能なのだ。

 こうした特性からNBAの24チームが採用しているほか、欧州ハンドボール連盟もリーグ戦に導入した。日本ではバスケットボール男子のBリーグのアルバルク東京と川崎ブレイブサンダースが使用している。若い人たちに人気のXスポーツもキネクソン社のシステムを用いて、選手の動きを数値化している。

 バスケットボールやハンドボールなどでは、コートの四隅に受信機を設置。選手が着用したタグからのデータを受け取る。家徳CEOは「キネクソン社のシステムはNBAの24チームが採用し、日本でも展開開始からわずか半年でBリーグの2チームが導入しました。このことからも分かる通り、極めて高い性能と信頼度を誇っています」とコメントした。

 スポーツ選手のパフォーマンスをデータ化する「小さな札」が、新型コロナウイルスとの戦いでも大きな役割を果たすことが、NBAで実証された。来年開催予定の東京オリンピックで採用されれば、感染予防に貢献する「秘密兵器」になりそうだ。

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