左にも右にも偏向なしの米国大統領選総括(歴史家・評論家 八幡和郎)

トランプの訴訟戦術が成功する可能性はゼロではない

 アメリカの大統領選挙は、勝負が付いたのか、ついていないのかも含めて、マスコミやSNSでは、客観的な見方は排除され、トランプ贔屓とバイデン支持派に分かれて極端な言説が飛び交っている、そこで、今回は、左右どちらにも偏向しない立場で、淡々と選挙の結果といまの状況を説明しよう。

現状はどうかといえば、従来の慣例によりバイデンの勝利が「内定」したので、各国首脳もお祝いをいっている。菅首相が祝電を送ったのも欧州諸国と横並びと言うだけだ。

一方で、トランプが異議を唱える権利はあるし、それは、裁判などを通じて明らかにすればいいことだ。

たしかに、過去には、敗者が潔く負けを認めて、勝者に電話をするという習慣はあったが、2000年の大統領選挙で、民主党のゴア候補がいったんは共和党のブッシュ(子)にお祝いの電話をしておきながら、それを取り消し、執拗な異議申し立てをした経緯があり、麗しい伝統はなくなってしまったのである。民主党側から、トランプに対して、敗北を認めろとか言う筋合いではない(過去の選挙については、「アメリカ大統領史100の真実と嘘 」扶桑社新書に詳しく書いた)。

裁判でトランプに勝つ可能性があるかどうかであるが、難しいが絶対にないとはいえない。

非常に多くの訴訟が出されるだろうが、ほとんどの案件は却下されるだろう。しかし、最高裁で多数派である保守派の裁判官としては、なんでもトランプの言い分を通すことはしたくないが、一方で、バイデンの言い分を全面的に受け入れるのも嫌だろう。

これなら国民も納得するだろうという案件を選んで、トランプを勝たせる可能性があり、再点検が行われて、酷い不正でも認められたら、一気に状況が変化する可能性はなくもない。

 その場合には、州議会ベースで選挙人を確定させないという共和党の抵抗も、国民の理解を得るとみたら実行に移されることもあるのである。日本でも地方選挙レベルでは裁判で結果がひっくり返ることだって珍しくもない。

 全般的に、今回の選挙では、コロナという異常な状況を、バイデン陣営のほうが上手に利用していろいろと小細工したのは否定できまい。そのなかには、SNSでトランプ陣営の発信を厳しく制限したことも含まれる。それは裁判所の心証に影響するとみるべきだ。

現職は楽勝が当然なのでトランプの実質敗北は明らか

 世論調査の数字に比べれば、トランプ善戦という見方もあるが、もう少し、長いスパンで見れば、現職の大統領としては、トランプは非常な苦戦、つまり、4年間の実績についての有権者の見方は厳しいものだったといえる。

というのは、アメリカの大統領選では、現職が圧倒的に有利だからだ。第二次世界大戦後についていえば、選挙で選ばれた大統領(副大統領からの昇格を除くという意味)の 2期目は、現職の「6勝2敗」である。

ドワイト・アイゼンハワー、リチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン、ビル・クリントン、ジョージ・ブッシュ(子)、バラク・オバマの各氏は、再選された。勝った中で苦戦したのは、イラク戦争を始めたブッシュ氏(子)だけで、他は楽勝だった。

負けたのは、ジミー・カーター氏と、ジョージ・ブッシュ氏(父)だけだ。この二人は、経済不振が主因だ。それに加えて、相手がレーガン氏と、クリントン氏という魅力的な政治家だったことが決定的だった。

そういう観点からいけば、今回は経済は好調であり、相手のバイデン氏はいかにも魅力に薄かったので、トランプ氏に絶対有利だったはずだ。

トランプ氏が楽勝できなかったのは、最後は新型コロナウイルスだが、ほかにもいろいろある。

まず、ロシア疑惑はそもそもが、素人集団だったので不用意な外国との接触をしたことだったし、次ぎに、司法省の人事を誤ったし、必要以上に隠そうとして、疑惑はほとんどないのに偽証などで次々と側近が逮捕されて散々なことになった。

次に、行儀の悪さだ。トランプは、前回投票した有権者の多くを失ったが、その原因のひとつは、子供の教育に悪いという印象だ。前回は、相手のヒラリーもあまり教育によさそうでなかったし、トランプは大統領になったら態度は改められるだろうと思われたがそうでなかった。

また、資金不足も深刻だった。これは、自身が富豪であるが故の献金集め下手もあるが、政治任命した高官などを片端からクビにしたりするようでは献金集めにも支障をきたしただろうと思う。

それに限らず、先週、大阪都構想についても指摘したが、厳しすぎるトカゲの尻尾切りは恨みを買うものだ。

経済政策については、おおむね好評だったようだが、白人労働者などから思ったほどではと言うことで離れた人も多い。一方、ヒスパニックや黒人にはトランプのお陰で職を得られたということで、少し支持は拡大したようだ。

コロナ対策については、民主党の言っていることもあまりたいしたことないのだが、その矛盾などを上手に突いていたとは思えない。

ということで、本来なら楽勝のはずの現職なのだから、たとえ、僅差で勝ったとしても威張れたものでないということが大事だと思う。

 選挙戦術については、ラストベルトと呼ばれる、ペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンなどで油断して手を抜いた感がある。得票数では3%程度、バイデンが多いのだが、先月にこの欄でも書いたように、もう少し開いても互角になりえたはずで、そういう意味では意外に選挙戦術で誤った印象だ。

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