涙にじませる母、糖尿病で失う視力 コロナ禍の治療で考えたこと

病院での検査結果を確認する母

 「息子に手を引かれるようになるなんて。ごめんね」。診察後、母(68)は病院の出入り口から駐車場に向かう間に何度も同じ言葉を繰り返した。糖尿病の慢性合併症で視力をほとんど失い、乗ってきた車の場所も段差にも気付きにくくなっていた。

 猛威を振るう新型コロナウイルスは、糖尿病を含む慢性疾患を持つ人は重症化のリスクが高いとされ、十分な注意が必要だ。糖尿病に伴う失明や腎臓障害といった合併症の治療も、通院先の医療機関でクラスターが発生すれば、手術の予定すら立たなくなる。11月14日は「世界糖尿病デー」。コロナ禍での糖尿病治療の現状を追った。(共同通信=杉田正史)

 ▽「見えない」

 9月中旬、姉がLINEメッセージを送ってきた。「お母さん、あなたの仕事の邪魔したくないから黙っていたけど、目が見えづらいらしい。病院に連れて行ってあげて」

 都内にある実家の近所の眼科で大学病院の紹介状をもらい、母と車で向かった。視力や眼底の状態などを確認する検査を数時間かけて行った後、血液検査の結果を照らしながら医師は言った。「糖尿病に伴う網膜症と白内障、黄斑浮腫の症状が考えられます。手術をしても劇的に回復することは難しいでしょう」

 眼底の網膜には、細い血管や色と光を認識し情報を伝達する細胞が多数あるが、糖尿病はそれらを傷つける。実際、片目の視力は計測できないほど落ちており、「霧の中にいるような見え方」という。母は涙をにじませながら「そうですか。ありがとうございました」と返事をするのがやっとだった。

 糖尿病の状態を把握する検査で重要項目の一つが「HbA1c」。血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンにブドウ糖が結合したもので、測定時の約1~2カ月前の平均血糖値が分かる。正常範囲は6%未満とされるが、母の数値は2倍以上だった。長年、高齢者福祉に関する仕事をしていたものの30年近く健康診断を受けておらず、自分自身の血糖値を把握していなかった。

病院での検査結果

 黄斑浮腫と呼ばれる眼底のほぼ中央部に位置する黄斑のむくみに対する眼球への注射はできるが、網膜症や白内障の手術は少しずつHbA1cの数値を下げてから行うことになった。

 ▽公式な国連デー

 日本糖尿病協会や国際糖尿病連合によると、「世界糖尿病デー」は2006年、国連総会で糖尿病の脅威に関する決議が採択され、糖尿病の治療で必要なインスリン発見者の誕生日と同じ11月14日を公式な国連デーとした。19年の世界の糖尿病患者数は4億6300万人に上り、成人の患者数では中国が1億1640万人と第1位で、インド、アメリカ、パキスタン、ブラジルが続く。日本は約1千万人の患者がおり、予備軍を合わせると2千万人程度。45年に世界では7億人に患者が増加する見通しだ。

 専門家によると、中国では急速な経済成長に伴い食事が欧米化したことが背景にある。日本も同様で、主食と主菜、副食といった「日本型食生活」が乱れ、糖尿病患者が増加しているという。 

 糖尿病は感染拡大が収まらない新型コロナの影響も受けている。コロナ感染症の重症化要因として、高齢者や慢性疾患、喫煙などが挙げられる。米疾病予防管理センター(CDC)によると、糖尿病や高血圧、肥満は重症リスクが3倍高くなるという。

 医療機関では不要不急の手術を控えたり、入院患者への面会を制限したりと、感染予防対策を取っている。また、院内でクラスターが発生すれば、初診外来や手術を止めなければならない。

 母が通院する大学病院でも9月下旬にクラスターが確認され、希望していた黄斑浮腫の治療の時期が見通せなくなった。別の大学病院を紹介されたが、腹部のCT検査や造影剤を使った検査などが続き気力も下がっていたため、「通院先が落ち着くのを待つ」ことにした。

 ▽治療法

 糖尿病は慢性的に血糖値が高くなる病気で、治療は血糖値のコントロールがカギを握る。総合内科専門医で吉村内科医院(横浜市金沢区)の染矢剛副院長によると、主な治療方法は食事管理と運動で、患者に応じて血糖値を下げる薬の投与やインスリン注射などをするという。「一般的に食事による摂取カロリーを計算して、間食や甘い物を避けるように指導するのが基本」と話す。

 糖尿病は成人だけでなく子どもにも広がりつつある。東京女子医大東医療センター(東京都荒川区)の内潟安子病院長(日本糖尿病協会理事)は肥満とともに糖尿病も増えていると指摘。子どもは、食欲が旺盛で食事管理が難しかったり、一時的に血糖値が正常化して治ったと思い治療を途中でやめたりといった課題がある。内潟氏は「家族で病気と向き合い、お子さんにあった長期的な治療方法を考えるのが大切だ」と話す。

母が服用している糖尿病の治療薬

 医師の指導を受けない食事制限や普段の生活を考慮しない治療には注意が必要だ。母も早く血糖値を下げなければと気負い、米や麺類といった糖質をまったく食べず、糖を排出する薬を服用していたため低血糖状態に陥った。脳の働きや体を動かすエネルギーがなくなり、体調が悪化した。両氏は「医師と話し合いながら、自己管理できる無理のない範囲で治療をするのが望ましい」と口をそろえる。

 記者自身も過去に糖質制限ダイエットに挑戦したが、毎食気を使う必要があり長くは続かなかった。食事を制限する治療の難しさは自分の体験からも容易に想像できる。実家に帰る度、母に「健康診断に行きなよ」と言っていたものの、親を気遣う自分でいたかっただけかもしれない。あの時、無理やりにでも健康診断に連れて行けばよかったと後悔するばかりだ。

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