社説(11/13):山形豪雨犠牲者ゼロ/逃げ遅れ回避対策生かそう

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 山形県は今年7月、記録的な豪雨に襲われたが、犠牲者を一人も出さなかった。行政が災害情報の発信を工夫し、住民は敏感に反応した。一連の対応から、逃げ遅れを防ぐヒントが読み取れる。

 山形県内は7月28日、梅雨前線の影響で大雨に見舞われ、29日にかけて最上川中流の大石田町3カ所、大蔵村1カ所で氾濫が発生した。

 災害情報を扱う行政機関は、早い段階から危機感を共有した。国土交通省新庄河川事務所は正午、最上川が10時間後に氾濫危険水位に達する予測を出した。8人が亡くなった1967年の羽越水害に相当する水位に、流域の自治体は警戒を強めた。

 ホットラインも活用。山形地方気象台長は午後2時50分から8自治体、新庄河川事務所長は午後5時から6自治体の首長に電話で直接、リスクを伝達し、対応を求めた。

 自治体は事態を先取りし、かつ丁寧に住民に危機感を伝えた。大石田町は午後6時10分に避難勧告、午後7時33分に避難指示を出した。それぞれ本来の発表基準より1時間40分、1時間早かった。

 その後も浸水域に明かりがついている家があったため、町は午後9時15分にマニュアル外のサイレンを鳴らし、異常事態の周知を図った。最初の氾濫は午後11時50分。避難指示発表の4時間後だった。

 大蔵村も効果的な避難情報の出し方をした。新型コロナウイルス感染防止策として避難所の3密回避を視野に、地域の中でも浸水が懸念される世帯に、電話などでピンポイントで避難を促した。

 翌朝、空が白むと避難所では自宅に帰ろうとする住民も。村は午前4時、川が依然として注意を要する水位のため、安全が確認できるまで、とどまるようチラシで呼び掛けた。避難開始と同様に、避難終了のタイミングもまた命を守る重要な情報だった。

 最上川は富士川、球磨川とともに日本三大急流の一つ。熊本県の球磨川は7月上旬、豪雨で氾濫し、多くの犠牲者が出た。そのニュースを目にした最上川流域の自治体職員と住民は、熊本の被災地と地元を重ねたという。

 昨年10月に台風19号が接近した際、気象庁は1958年に静岡県や関東で被害を出した狩野川台風を例示して警戒を呼び掛けた。ただし東北ではなじみが薄く、被害をイメージしにくかった。

 7月豪雨でも九州の氾濫という情報だけでは、今回ほど当事者意識が高まらなかったのではないか。日本三大急流というキーワードが、離れた地域の出来事を山形に引き寄せて考える契機となり、戒めにもつながったのだろう。

 近年、豪雨災害が起きるたびに、逃げ遅れによる犠牲が課題となってきた。先手先手の情報発信と避難で犠牲者をゼロに抑えた山形のケースをわが身わが地域に置き換え、備えに生かしたい。