マーリンズのキム・アングGMってどんな人? MLB公式サイトが特集

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マーリンズはキム・アングをゼネラルマネージャー(GM)に指名し、メジャーリーグの歴史に新たな1ページを刻んだ。アングは1990年にインターンとしてホワイトソックスに加わり、それ以来30年以上にわたって球界に関わってきた。ドジャース、マリナーズ、パドレス、エンゼルス、ジャイアンツなどでGM候補に挙がったこともあり、「いつGMになってもおかしくない」と言われていたほどの人材だ。そんなアングについて、メジャーリーグ公式サイトのサラ・ラングスが詳しく紹介している。

【1】アングはロングアイランドとニュージャージーで育った子供のころ、他のスポーツに加えてソフトボールをプレーしていた。12歳までメッツの本拠地があるクイーンズに近いところに住んでいたにもかかわらず、ヤンキースのファンだった。

【2】アングはシカゴ大に通い、4年間ソフトボールのチームでプレーした。インターンとしてホワイトソックスに加わり、リサーチ・アシスタントとして働き始めるまで、スポーツ組織の運営に携わることを考えたことはなかったという。

【3】アングの野球人生は1990年にインターンとしてスタートし、ホワイトソックスは翌1991年にアングをフルタイムで雇用。1995年までに野球部門のアシスタント・ディレクターへ昇格した。1996年までホワイトソックスに残り、その後、アメリカン・リーグのウエーバーと記録のディレクターとして働き始め、トランザクションの承認やルールの適用などを担当した。

【4】北米のメジャー男性プロスポーツチームにおいて史上初のGMとなったアングだが、過去にも「史上初」を経験している。ホワイトソックス時代の1995年に年俸調停の場に出席した史上初の女性となった。

【5】アングは1998年に29歳でヤンキースのGM補佐に就任。GM補佐としては最年少だった(当時)。2001年まで4年間ヤンキースに在籍し、すべてのシーズンでワールドシリーズに進出。1998年から3年連続でワールドシリーズ制覇を成し遂げた。

【6】球界でGM補佐を務めた女性は、アングを含めてこれまでに4人いる。アング以外には、エレイン・ウェッディントン・スチュワード(レッドソックス)、ラケル・フェレイラ(レッドソックス)、ジーン・アフターマン(ヤンキース)の3人である。

【7】アングは2001年シーズン終了後、副社長兼GM補佐としてドジャースに加入。2010年までドジャースに在籍し、4度のポストシーズン進出を経験した。ホワイトソックス時代やヤンキース時代よりも多くの年俸調停を担当し、直接年俸調停の場に出席することはほとんどなかったものの、出席時には選手側の主張を退けて球団側が勝利した。

【8】アングはドジャース時代、トレードやフリーエージェントを含むトランザクションの意思決定にも参加していた。また、他の部門のなかではプロ・スカウティング部門を監督していた。2004年には暫定のファーム・ディレクターを務めた経験もある。

【9】アングは2011年に野球部門の上級副社長としてメジャーリーグ機構に加わり、最高責任者のジョー・トーレの下で、コミッショナー事務局で働く最高位の女性となった。マーリンズのGMに就任するまで肩書は変わらなかった。この期間中はメジャーリーグの多様性諮問委員会のメンバーとしても活躍した。

【10】アングは2005年のドジャースを皮切りに、長年にわたって何度もGMの採用面接を受けた(ドジャースはこのとき、ネッド・コレッティをGMに指名)。マリナーズ、パドレス、エンゼルス、ジャイアンツなどのGM候補となっていたことが報じられている。

【11】アングは30年以上にわたる球界でのキャリアのなかで、8度のポストシーズン進出、6度のリーグ優勝決定シリーズ進出、3度のワールドシリーズ制覇など、豊富な知識と経験を持っている。

【12】アングは史上初の女性GMとなり、メジャーリーグ30球団の野球部門のなかで最高位の女性となった。また、アジアにルーツを持つ人物としては、前ドジャースGMで現ジャイアンツ野球部門社長のファーハン・ザイディに次いで史上2人目のGMである。