映画のモデルにもなった最高齢の沖縄戦語り部 安里要江さん、99歳で死去

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安里要江さん

 沖縄戦で夫と2人の子ら親族11人を失い、昨年5月まで県内最高齢の語り部として活動を続けた安里要江(あさと・としえ)さんが12日午後10時33分、甲状腺がんのため北中城村内の老人保健施設で死去した。99歳。中城村(現・北中城村)喜舎場出身。自身の体験が映画「GAMA 月桃の花」のモデルにもなった。告別式は15日午後2時から2時45分、うるま市兼箇段93のJA虹のホールうるまで。喪主は長男の常治(じょうじ)さん。

 安里さんは1920年生まれ。沖縄戦当時は24歳で2児の母。乳飲み子の娘を抱き、病身の夫と幼い息子、親族とともに戦場を逃げ惑った。糸満市の轟の壕の中で生後9カ月だった娘を失い、生き延びた夫と4歳の息子も、収容所で栄養失調や戦時中のけがが悪化して亡くした。

 戦後は51年から75年まで喜舎場幼稚園で働いた。北中城村婦人会長や県婦人連合会理事、中頭郡中部地区婦人連合会会長を歴任、86年に北中城村議会議員に初当選し、3期務めた。

 沖縄戦体験を語り始めたのは33回忌を終えた77年ごろから。81年「全国働く婦人の集い」での講演をきっかけに、全国各地で講話を始めた。体調不良などから、昨年5月で約40年にわたる活動に区切りを付けた。共著「沖縄戦ある母の記録」(1995年、高文研)に体験をつづった。

 闘病を支えてきた次女の比嘉佐智子さん(71)は「母は最後の最後まで語り部をやる、伝えなければ平和な世の中は来ない、と言い続けていた。今は何も考えられない」と声を落とした。