「はんこが悪者」なぜ 河野太郎氏お膝元、老舗4代目は心境複雑

10本の印刀を使い分け印鑑を彫る「東曜印房」の水嶋さん=平塚市内

 河野太郎行政改革担当相(衆院神奈川15区)が旗を振る行政手続きでの「押印廃止」。国や全国の自治体が業務の見直し作業を急ぐ一方で、全国の印章業者らが反発を強めている。「はんこが悪者にされている。でも河野氏を尊敬する思いは今も変わらない」─。河野氏のお膝元・神奈川県平塚市で110年以上にわたり、のれんを守り続けた老舗はんこ店の4代目は苦しい胸中を吐露する。河野王国のはんこ事情を探った。

◆広がる風評被害

「どうせ印鑑はこれからなくなるんでしょ?」

 平塚八幡宮の旧表参道に店を構える「東曜印房」。印鑑を買いに来た女性が店主の水嶋祥貴さん(44)に言った。「印鑑登録制度がなくなるわけではない。押印廃止という言葉のインパクトが大きく、風評被害が水面下で起きている」と水嶋さんはため息をつく。

 職人歴20年でプライドもある。「はんこが必要となるのは、その人にとって人生の節目。世界に二つとないはんこを彫れるのは誇り」。だからこそはんこ廃止の議論に疑問を抱く。

 緊急事態宣言下でもはんこを押すため出社する会社員─。インターネットでは印鑑が業務効率化やテレワークを阻害する元凶と糾弾される。しかし、水嶋さんは「印鑑ではなくその企業の問題。自分も行政のデジタル化には賛成で、デジタルとアナログの対立で考えないでほしい」と訴える。

◆地元との板挟み

 衆院議長の洋平氏とも親交があった。水嶋さん自身も河野氏とは顔見知りで「大好きで尊敬する人」という。

 それだけに河野氏が会員制交流サイト(SNS)に「押印廃止」と彫られたはんこの写真を投稿したことには「人生を否定された」と落胆する。河野氏の書き込みを巡っては、全日本印章業協会なども反発するなど余波が広がる。

 水嶋さんもSNSで抗議の意思を表明。河野氏からは「不快な思いをさせて申し訳ない」と謝罪のメッセージも送られたが、地元で「(河野氏への批判を)書くべきではない」とくぎを刺されることもあるという。

 河野氏を擁護すれば同業者から不評を買い、板挟み状態。「河野氏を支える地元の人間だからこそ彼を誰よりも見て、しっかりと忠告しないといけない」と誓う。

◆紙にも「合理性」

 「どのくらい印鑑が必要か。市役所で使う全ての申請書類を明日までに集めてほしい」

 同市幹部に河野氏事務所から依頼があったのは菅政権が発足した直後の9月下旬。急いで書類を集めたが、市民に押印を求める書類はごく一部だった。市民課の申請のうち印鑑が必要なのは戸籍法で押印が定められている婚姻届や出生届などに限られていた。「押印廃止したいなら国に制度改正してもらわないと…」と事務所側に伝えたという。

 市は内部手続きに対し、2005年から電子決裁システムを導入。昨年度は紙の決裁が約5万件に対し、電子決裁は約11万件と、約7割の業務が印鑑なしで決裁されていた。紙の決裁が残っているのは市民から書面で申請を受け付けたり、建築部門で図面などを扱うケースに限られる。市担当者は「紙の決裁が残っているのにもそれなりの合理性があるから。オンライン化せず押印廃止しても意味はない」と説明している。

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