「農地法」の壁で農地を相続以外で引き継ぐのは大変!

農地所有者が農地を譲る際、「相続」以外の方法で引き継ぐ場合、「農地法」による諸要件を満たす必要があり、満たせない場合は引き継げません。スムーズに引き継ぐためにはどのような方法があるのでしょうか?


農地所有者の高齢化が進み、農地の相続や承継に関するご相談が増えてきました。

田畑サトシさん(75歳)は、妻(74歳)と2人で暮らしていました。子どもは長男がいますが、結婚後にマイホームを購入して遠方に住んでいます。サトシさんは、20年前に父から相続した農地について悩んでいました。妻と長男は農地を引き継いでも続けていくことはできないからです。それならば、この農地を近所に住む弟に引き継いでもらいたいとサトシさんは考えました。妻、長男にこのことを伝えたところ、2人とも賛成し、弟も承諾しました。そこで、弟へ農地を引き継いでもらうための対策を行うことになったのです。

贈与に立ちはだかる農地法の壁

まず、考えたのは弟への贈与です。今のうちに弟へ農地を贈与し、弟の名義にするということ。

ここで関係してくるのが農地法です。農地法とは、食料の安定供給するために農地を守るための法律です。この法律により、農地を贈与する場合には、一般的な土地と違い農地法上の許可が必要になるのです。この許可には、各種要件を満たさなければなりません。サトシさんの弟は、この許可をとるのが難しい状況でした。

そこで、農地法を調べていくと、相続であれば農地法上の「許可」は必要なく「届出」をすることで足りるということが分かりました。そこで、サトシさんは遺言書を作成し弟が農地を相続できるようにしようと考えました。

「遺贈」だとやはり農地法の許可が必要

このような場合、一般的な遺言書の内容は下記のようになります。

【特定遺贈】
例:遺言者は、遺言者の有する不動産(田んぼ)を、遺言者の弟に遺贈する。
※以下、不動産の記載等は省略

これは、農地だけは弟へ引き継ぎ、その他の財産は妻や長男に相続してもらうためです。

それでは、このような遺言で弟は農地法上の許可を必要とせずに引き継ぐことができるのでしょうか?

実は、このような遺言では、弟が農地を引き継ぐ際、やはり許可が必要となります。なぜかというと、これは「相続」ではないからです。相続人へ「相続させる」という遺言がある場合や、遺言書がない場合でも相続人間で遺産分割協議をするのであれば「相続」になります。しかし、前記の遺言では、相続人以外へ財産を渡すという意味で「贈与」と同じであるため「相続」として取り扱われません。これは「相続」ではなく「遺贈」なのです。つまり、農地法上の許可が必要になってしまうのです。

このように、相続人以外に農地を引き継いでもらう場合には、農地法をしっかりと確認する必要があります。それでは、今回のケースで弟は農地を引き継ぐことができないのでしょうか?

対策例1:包括遺贈

前記の遺言書は「特定遺贈」という方法の遺言でした。これを「包括遺贈」とすることで、農地法の許可は必要なくなります。

【包括遺贈】
例:遺言者は、遺言者の有する一切の財産を、遺言者の弟に包括して遺贈する。

このように、財産を特定するのではなく、包括的に遺贈することです。しかし、前記のような遺言では、全ての財産を弟へ相続させることになってしまいます。そのような場合、下記のような割合を指定して包括的に遺贈することも可能になります。

【割合的包括遺贈】
例:遺言者は、遺言者の有する一切の財産のうち〇分〇を、遺言者の弟に包括して遺贈する。

このような記載にすることで「特定遺贈」とは、法律上の取り扱いが変わってきます。包括的に遺贈を受ける者を包括受遺者といいます。この包括受遺者は、特定遺贈の受遺者とは異なり「相続人と同様の権利義務」を有することになります。つまり、相続と同じ取り扱いになりますので、農地法上の「許可」は必要がなくなり「届出」で足りることになるのです。

しかし、包括遺贈を行う場合には、リスクがあることも理解しておく必要があります。弟が割合的包括遺贈により包括受遺者となった場合、妻と長男だけでなく、弟も遺産分割協議に参加することになるのです。また、弟は権利だけでなく義務を有することとなります。例えば、サトシさんに債務があった場合には、割合に応じた債務を負担しなければいけません。ほかにも、弟の状況が変化し相続が難しくなった場合です。特定遺贈の場合「相続をしない」という意思表示をすることで足ります。しかし、包括受遺者の場合には、相続人と同様に家庭裁判所へ「相続放棄」をする必要があります。

対策例2:養子縁組

養子縁組とは、親子関係のない者同士に、法律上の親子関係を成立させる制度です。つまり、サトシさんが弟を養子とすることで、弟はサトシさんの相続人となることができます。これにより、農地法上の「許可」は必要がなくなるのです。このような場合、弟を養子とすることができるのか?という疑問があると思います。法律上の条件は「養子をするもの(サトシさん)が成年に達していること」と「養子(弟)が養親(サトシさん)尊属(親等)または年長者でないこと」です。サトシさんは成年に達しており、弟は尊属でも年長者でもありません。なので、弟でも養子縁組をすることは可能になります。

ただし、この場合でも注意が必要です。弟が相続人になるということは、包括遺贈と同様に遺産分割協議に参加するということです。協議がまとまらなければ、農地だけでなく他の財産の相続も進めることができません。このことを考えると、養子縁組をした後に特定遺贈の遺言書を作成することをお勧めします。また、弟は法律上の子どもになりますので、遺留分も考慮しなければいけません。

まずは相続人と財産状況の確認から

相続財産が農地の場合、対策方法が複雑になるケースが多いです。そのため、色々なことを想定しておかなければ、無理な対策によって農地以外の相続に悪い影響が出てしまうことがあります。

まずは「相続人は誰なのか」「財産状況はどうか」を明確にする必要があります。具体的には、対策を行う方、今回で言うとサトシさんの出生~現在までの戸籍を取得し、相続関係を把握します。ここで、農地を引き継ぐ者が相続人であればそこまで大きな問題になりません。逆に相続人ではない場合には、対策方法の検討に入ります。この際に重要なのは「財産状況」です。農地だけでなく、相続分や遺留分を考慮するため財産の総額や種類を明確にするのです。ここから初めて対策方法の検討が可能になります。農地をお持ちの方は、このような現状の把握から始めることが特に重要です。

<行政書士:細谷洋貴>

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