音楽著作権の管理を支えるBMAT日本進出が変える健全なエコシステム

音楽サブスクリプションサービスの普及と共に、ここ日本でも著作権に関わる分野において様々な変化が起きている。

今年4月20日、スペイン・バルセロナに本拠を置くBMAT(ビーマット)が日本支社を設立した。世界の音楽業界において、彼らは「フィンガープリント」と呼ばれる技術と、膨大なデータベースを駆使して、楽曲の使用料が作家やミュージシャンたちに正しく分配されるためのデータづくりを請けおっている。

今回は、BMAT Japanのカントリー・マネージャーである石坂元氏に日本での事業を展開することで、どのような変化が生まれるのか、フィンガープリントの技術や著作権に関する様々な問題と合わせて話を聞いた。

著作権に関わる様々なサービス

ーまずBMATがどのような企業なのか詳しく伺えますか。

BMATはバルセロナのポンペウ・ファブラ大学の音声解析を研究するラボからスピンオフしました。この研究室は「機械が楽曲をどう学習するか」ということを主な研究対象としていたんですが、一番良く知られている仕事に、YAMAHAと一緒に開発したVOCALOIDがあります。

バルセロナのBMATオフィス

フィンガープリントは言葉通り「指紋」と同じです。一つの楽曲(サウンドレコーディング)には特定の指紋のような固有のパターンがあり、各瞬間にどの音が鳴っているか、どこのエネルギーが強いか、といったデータがまとめられています。

BMATは、そのフィンガープリント技術を武器に、テレビやラジオをモニタリングして、その利用データを著作権管理団体(CMO)向けに提供するサービスとして始まりました。現在では100を超えるCMOが、BMATのデータをもとに著作権使用料の分配をしています。また、放送事業者向けには、「キューシート」と呼ばれている、映像における楽曲の使用レポートがあるんですが、このキューシートの作成を自動化するツールの開発・提供もしています。

ーキューシート作成ツールというのはどういったものなんでしょうか。

テレビやラジオなどの放送局は「楽曲使用者」として、放送で使用した楽曲のレポートをCMOに提出する義務があります。このレポートは、これまで現場のスタッフが手作業で作成していたんですが、放送局の仕事って、ただでさえ時間に追われているのに、さらにレポート作成があって、これが現場のリソースを圧迫してるんです。そういった背景もあって、果たして正しいレポートが確実に提出されているのか、というと、一概に保証できる状況ではありませんでした。

正しい報告がされないということは、しかるべき作家に使用料が正しく分配されないということです。ですので、放送局が作成する楽曲利用レポートのところを自動化・改善することによって、ちゃんとロイヤリティーが正しく分配されるようにと、開発されたツールなんです。

Repotal(放送事業者向けのキューシート自動生成ツール)画面
実際の映像と音声波形を確認しながら編集ができる

ーこれまではかなりアナログな管理だったんですね。

ライブハウスやフェス会場なども同様です。演奏会場の場合は、会場に楽曲モニタリング用のデバイスを設置していただき、自動的にCMOにレポートが送信される仕組みを提供しています。あと、ステージから回収したセットリストを写メすると、自動的に作家情報などの著作権情報を加えてレポートが作成されるサービスもあります。

ーライブ演奏はセットリストを提出してもらえますが、DJとなると使用楽曲を会場側が手動で記録するのは難しい作業ですよね。その点デバイスを設置すれば、会場側の負担はかなり軽減されますね。

モニタリングする場合はむしろDJの方が音源データそのものを使用してるから簡単なんです。生演奏はピッチやテンポが変わったりするので検出が難しいんですよ。

ヨーロッパはDJのプレイが多いので、ここのプロセスを簡易化することの需要が高いんです。そこで、われわれはPioneerさんと共同して「KUVO」という商品にモニタリングの機能を埋め込みました。

これによって「KUVO」はDJが演奏している音源データに直接アクセスしてタイトルやアーティスト名などの楽曲データを読み込み、同時に楽曲の使用報告を作成してCMOにレポートすることができます。PioneerのDJモデル以外でも、「KUVO」と同等のデバイスを会場に設置してもらえば、自動的に契約している著作権管理団体へレポートが提出されるようになっています。

BMATが実現したデータの透明性

ーそういったBMATによるツール、モニタリングによって、世界中の各著作権団体が楽曲使用料とその分配を計算できるようになっているということですね。

われわれは5500チャンネルのラジオ局と、1500チャンネルのテレビ局、さらに1500のライブハウスやイベント会場にデバイスを設置して、どんな楽曲がかかっているのか24時間365日モニタリングしています。

BMATがモニタリングしている地域

加えて世界中のテレビチャンネルのラテ欄(註:正しくは、番組名や出演者、プロダクション名などのクレジットを含む番組情報)を毎日「3万チャンネル」チェックしてデータベース化しているので、どこでどんな番組が放送されているのかをほとんど把握しているんです。それによって、例えば「ドラゴンボール」というタイトルがあれば「ドラゴンボール」がどこの国のどのチャンネルでいつ放映されたのかが分かるわけで、さらに、その番組のプロデューサーや楽曲タイトルなどから紐付く著作権者の情報をデータベースからひっぱってこれます。

あと、これはフィンガープリントを使ったモニタリングではないんですが、放送とは別にインターネットでの利用についても、Google、YouTube、SpotifyといったデジタルサービスプロバイダのUsage File(再生履歴リスト)を権利者に代わって処理しています。

ー日々どれくらいのデータが処理されているのでしょうか。

BMATは業界最大級、最高の補完度を持つデータベースを要していて、テレビやラジオ、演奏会場、デジタルも含めて、平均すると月間9200万楽曲の利用を判別しています。

ーフィンガープリントの精度もかなり高いということですよね。

BMATのフィンガープリントは、放送で最低2秒使われれば99.9%の精度で楽曲を判別できるんです。フィンガープリントの技術は各社抽出の仕方は違うので、BMAT以外にもそれぞれ固有のフィンガープリントがあります。

BMATのフィンガープリント技術にもいくつか種類があります。例えば、放送でBGMとして使用されたり、喋り声やノイズがのっている状態でもちゃんと検出できるもの、それから、生演奏やカバー演奏などの場合でも検出できるものも開発されています。

ーBMATはそれらデータやモニタリングによって、どう収益を得ているんでしょうか。

ミュージシャンや作家、レーベルなどのコンテンツホルダー向けのサービスと、楽曲使用者である放送局や演奏会場向けのサービス、そしてCMO向け、と、各ポジションによって様々なサービスを提供しています。われわれにとっては、楽曲に関わる全ての方がお客様なんです。

CMO向けには、分配の根拠となる楽曲の利用データの提供、放送局や演奏会場には、先ほどお話ししたように使用楽曲レポートの自動作成ツールやモニタリングのデバイスを導入いただいています。

ミュージシャン、レーベル、出版社などには、どこで楽曲が使用されているのかをチェックできるアプリなども提供しています。作家自身が、自分の楽曲の再生状況を手元のデバイスで確認できれば、数か月先の収入予測ができるので、直近の活動のプランがしやすくなりますね。また、マーケティングの手段としても使用されています。どの国やどのチャンネル、どの番組で使用されているかがほぼリアルタイムで分かるし、いままで気が付かなかった新しいマーケットを見つけることもできますから。

ー1つのデータで色々な事ができるんですね。

1つのデータをいろんな人が別の角度から必要としているんです。正しい報告がされているのか、それをもとにきちんと使用料が分配されているのか。データの透明性が一番の価値であり、だれもがが平等に参照できるデータづくりを意識しています。そうすることで、フェアで健全な業界環境を作ることができるはずです。

BMATオフィス## 日本の楽曲が登録されていない

ーフィンガープリントの技術について詳しくお聞きしたいのですが、サンプリング音源を使用したトラックはサンプリング元まで検出されるのでしょうか。

例えば「A」「B」「C」という曲がメドレーで使われた楽曲「D」があったとして、「D」の音源がBMATにあれば「D」として検出します。しかし、「D」の音源がデータベースになく、「A」「B」「C」がデータベースにあれば、そちらを検出してくれます。

ー検出のむずかしいジャンルは存在しますか。

クラシックは比較的難しいです。あるコンポーザーの楽曲を色んなオーケストラが演奏しますよね。データベースに音源があればオーケストラ・演奏毎にどこの演奏か検出できますが、ない場合は似たものを拾ってしまうんです。その場合はデータベースの音源にあたってみて、正しいかどうかを確認しなくてはいけないので、完全に自動化できていない部分ですね。

ーしかし、データベースにさえ入っていればそこまで検出できるんですね。一体、どれほどの楽曲データをお持ちなんですか。

現在フィンガープリント抽出済みの楽曲は7200万曲です。メジャーからインディーズまで、これまで16万以上のレーベルや出版社から受容していまして、いまでも毎月200万曲がコンスタントに届いています。

楽曲がかかった時点でモニタリングされて、検出されなければ意味がないので、楽曲がリリースされる前にBMATのようなモニタリング会社にデータを提出することが一応ルーチンとしてできあがっています。

しかし、日本ではまだこの慣習が確立されていないので、BMATのデータベースには邦楽曲が少ないんです。そういう意味で、特に検出の難しいジャンルは演歌や往年の歌謡曲かもしれません。

ー日本の楽曲もデータさえ提供されれば検出可能ということですよね。

もちろんです。国内、海外を問わず、その楽曲がかかれば検出されます。

ーリリース直後の方がラジオなどでも流れる回数は多そうですし、少しのラグも無くしたいですよね。

そうなんです。業界内でも、この状況を変えていこうという動きはあって、BMATのサービスがフィットするような取り組みが始まる段階には来ています。

ー近年は個人で活動するアーティストも増えていますが、レーベルなどを通さずに楽曲をデータベースに入れてもらうことは可能なのでしょうか。

個人でも登録は可能です。アカウントを作成することで、そこへ楽曲データを登録していただけます。フィンガープリント化するのは無料ですし、データベースへの格納についても一切料金はかかりません。ただし、再生数の状況をモニタリングするなど、データサービスを利用する場合には利用料金をいただくことになります。

今や、音楽の利用は、放送も含めて完全にオンラインに移行しているので、われわれのようなモニタリング会社に音源とメタデータを格納しておくことは、ビジネスの一番基本的なインフラなんじゃないかと思います。

ーBMATに登録しておくことで、世界でどれ程の範囲をカバーできるのでしょうか。

世界のほぼ6割、7割の著作権管理団体がBMATのデータを使用してロイヤリティーを分配しているんです。ですから、海外に目を向けた場合、著作権管理団体からの分配を確実に受けるという面では、BMATは必須だと言っても言い過ぎではないんじゃないかと思っています(笑)。

BMATと提携する世界の著作権管理団体## コロナ禍での問題

ーBMATの日本展開において、今年世界を襲った新型コロナウイルスの影響はありましたか。

ロックダウンや入国制限などの影響による遅れは少なからずありました。

ーこのコロナ禍で著作権に関係する新たな問題は発生しているのでしょうか。

やはり、ライブ配信における利用楽曲の報告に関わるところじゃないでしょうか。ミュージシャンがオンライン・無観客でライブを実施した場合の使用料の徴収方法をどうするのかという問題はまだはっきりと答えが出ていないし、自動化ももちろんされていません。

プラットフォームがCMOと包括契約している場合は、そこで使われた楽曲がちゃんと報告されれば、そのコンテツホルダーは著作権利用料の分配を正しく受けることができます。しかし、その報告はちゃんとCMOに届けられているのか、とか、包括契約を結んでいないプラットフォームでライブ演奏をする場合の、使用申請はどのように行うのか、などまだ画一的に整備されていないことが多いようです。

さらにライブ配信で演奏された曲をどうモニタリングするか、ライブ映像の所有者は誰になるのかなど、これら課題のひとつひとつを解決していくための話し合いが進んでいます。(※2020年5月取材当時)

ーこのコロナ禍で音楽業界内も見直されている様々な問題がありますよね。

デジタル利用の収益はコロナ禍の影響で上がっていますが、世界的にみてもライブ収益の激減など、音楽業界は厳しい状況に直面していると思います。テクノロジーの利用を全面的に進めて、より効率的にマネタイズできる体制を整備することは、この危機を乗り切るための一助になるはずだと思っています。

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