女性アスリートの性的な撮影や画像拡散の被害は、トップ選手だけでなく全国の中高生にも広がり、スポーツ界に深刻な影を落とす。日本オリンピック委員会(JOC)が被害防止に向け、全国高等学校体育連盟(全国高体連)などスポーツ7団体と連名で「アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNS投稿は卑劣な行為」とした共同声明を発表するなど、新たな動きも出てきた。
8月に一部のトップ選手から相談を受けた日本陸連アスリート委員会委員長の高平慎士さん(36)が共同通信のインタビューに応じ、選手の「勇気ある一歩」に試行錯誤しながら対処した経緯や、ユニホームのデザインの多様な選択肢の必要性に言及した。選手にも、問題と向き合って自分で考える力を付けてほしいとのメッセージを送った。(共同通信=鎌田理沙、品川絵里、田村崇仁)
▽露出が多いとの声も
―女子選手からはどのような相談が。
うわさ程度には聞いていた部分もあったが、デリケートな問題だ。彼女たちは「パフォーマンスをするとき嫌な思いをせずに済むように、アスリートとして生きていける環境が欲しい」と言っていた。ユニホームのデザインを含めて注目されることが、アスリートの一つの価値でもあるので、女性同士でも相談しにくい問題だと。セクハラ、パワハラはスポーツ界に以前からあったと言われるが、放っておくことはできない。法律の観点など、慎重に確認しながら進めさせてくださいとお伝えした。
―女子選手のユニホームは露出が多いとの声も一部にある。
どんなユニホームでも、性的な画像やコメントをネットに拡散される筋合いはない。一方で(性的画像の被害を)知っているかどうかで全然違う。「そんな格好をしているから悪い」との声も耳にするが、学校の先生からは「(セパレートの)ユニホームに憧れている子が多い」とも聞く。向き合ってヒアリングしているだけでも大事なことだが、ユニホームにまつわる問題も併せて話していただければと思う。ただ、男性の先生だと女性アスリートが着用するアイテムの細部に気が回らないこともあるかもしれない。普通のカメラのみならず赤外線の盗撮という問題も出てきており、指導する側としても状況や問題点を把握し、メーカー側と話し合っていくべきだと思う。
▽求められる機能性
―ユニホームの規制ではなく、新しい選択肢を用意するということか。
セパレートのユニホームは機能性を求めている面もあるので、一概に否定はできない。リスクを感じれば違う選択をできることが重要だ。ファッション性などアスリートによって価値観は違うので、一方的に『だめ、NO』というのは効かないと思う。規制するのではなく、選択肢を増やす方法でどう対策していくのか、一緒に考えていきたい。
―他に選択肢があればいいと思うことは。
撮る側の規制も一つだが、正当な目的で撮影している人もいるので難しい。また盗撮ではなく、メディアから発信された写真や動画が悪用されるケースもあるため、掲載予定の写真や動画を選手に確認するのも手だと思う。もっといろいろな方法があるはずなので、多くの人が知恵を出し合うことが重要だ。
―競技会場の規制は。
規制よりルールをつくる方がやりやすい。走り高跳びや幅跳びなど、撮影で狙われやすいところに関係者専用席を設ける工夫もできる。地方の大会では、芝生席をどこまで規制するのかなどの問題もあるが、今後議論していきたい。
―会員制交流サイト(SNS)の使い方を教える場も必要ではないか。
特に中高生は、青春時代の盛り上がりで写真を撮ってSNSにアップすることが多い。更衣室などで写真を撮ったら、後ろに着替えている子が写っていたなどということも聞く。こうした事例を含め、早い段階から教えていくことは必要だ。JOCのプログラムなどを見ていると男性の講師が多いが、女性の講話も増えていけばいいと思う。女性だけでなく、男性や子どももターゲットになり得る。幅広い啓発や教育が必要だと思う。
▽SNS普及で巧妙化
最近はSNSの普及で手口も巧妙化している。卑劣な言葉が送られてきたり、加工した写真を性的な意図で流布されたりなど、嫌がらせの実態は深刻だ。ツイッターやインスタグラムのDM(ダイレクトメッセージ)で、自分の体の一部がアップになった画像や、みだらな文言が直接届くことは日常茶飯事という。10月には人工知能(AI)技術を使って、女性芸能人のわいせつ動画を無断で制作しネット上に公開したとして、名誉毀損と著作権法違反の罪で起訴された事例があった。こうした偽動画の技術は「ディープフェイク」と呼ばれる。
▽アスリートに寄り添う
―選手へのヒアリングはどう進めるのか。
陸連でもハラスメント窓口があるが、選手はそこに相談すべきかどうか、ちゅうちょすることもあるようだ。声を上げる側が安心して相談できるようにするのは本当に難しい。相談に応じる方や弁護士の先生を女性にするなど、少しでもアスリートに寄り添えるように進めていきたい。
―以前からあった問題だが、やはり声を上げづらかったのか。
これまでは被害や悪用が一部だったため、十分に認識できていなかったかもしれない。本人が気付いても相談できず、泣き寝入りしてきた可能性が考えられる。被害状況を他人に話すのにどれだけの勇気が必要かと思うと、容易に声を上げられないことも想像できる。
―陸上を含めスポーツ界だけの問題ではない。
重要な問題なので、スポーツ庁や文部科学省にも取り組んでいただきたいと正直思う。年齢は関係ない。小学生から大人まで、安心、安全を担保できる状況をつくるのが大前提だ。
―長期的な対策を。
一部の人の勇気で(JOCなどの)大きな組織を動かせたのは、非常に意味のあること。一過性で終わるのではなく、意識の高まりや具体的行動につなげていくことが重要だ。短距離走のスタートで前を見据えるように、下を向かず競技できる形になることが目標。選手や周りが不快になるようだったら、スポーツの価値は落ちる。パフォーマンスをする人たちが守られなくてはいけない。
▽「盗撮罪」創設も
法務省の性犯罪に関する刑事法を見直す検討会では「盗撮罪」の創設が今後の焦点だ。現時点で国内の盗撮行為は刑法に規定がなく、都道府県ごとに迷惑防止条例で取り締まっている実情がある。しかし、盗撮とは原則として、衣服で隠されている下着や身体を撮影する行為。選手のユニホーム姿を「盗撮」すること自体は、犯罪に該当しない可能性が高い。
最高裁は2008年、北海道旭川市のショッピングセンターで女性の背後から5分間、携帯電話のカメラでズボン姿の尻を11回撮影した行為が、道条例の「ひわいな言動」に該当するとして犯罪の成立を認めた。客室乗務員への乗客による撮影行為が問題となっている国内の航空業界は9月、法務大臣宛てに「盗撮罪」創設の要請書を提出した。
海外では韓国、フランスなどで性的目的での無断撮影や拡散行為が犯罪として成立し、16年に海外で行われた国際大会では、日本の女子選手の下半身を狙って撮影していた男性が逮捕、立件された例がある。
▽高平 慎士(たかひら・しんじ)04年アテネ大会から12年ロンドン大会まで3大会連続で五輪に出場。08年北京大会の陸上男子400メートルリレーでは第3走者を務め、銅メダル(後にジャマイカの失格で銀メダルに繰り上がり)を獲得した。17年に現役を引退。現在は日本陸上競技連盟アスリート委員会で委員長を務める。順大出、富士通。36歳。北海道出身。