ルーニーだけじゃない!?選手兼任監督としての仕事を経験したレジェンド8選

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現地時間11月14日、ダービー・カウンティはフィリップ・コクー監督の辞任を発表。次期監督は決定していないものの、21日に行われるブリストル戦で指揮を執るのは、かつてマンチェスター・ユナイテッドやイングランド代表でもプレーしたFWウェイン・ルーニーだ。

ルーニーは2020年1月にダービー・カウンティの選手兼任監督への就任が発表されたが、メインパーソンとして指揮を執るのは初めての経験となる。また、同選手が結果を出せば、そのまま同クラブの指揮官になる可能性もあるようだ。

一方、選手としてプレーしながらもクラブの指揮官を務めた選手は他にもいる。今回は選手兼任監督としての経験があるレジェンド選手をまとめよう。


バンサン・コンパニ 写真提供: Gettyimages

コンパニ

プレミアリーグ4度の優勝(2011-2012、2013-2014、2017-2018、2018-2019)など、マンチェスター・シティの選手として多くのタイトルを手に入れた元ベルギー代表DFバンサン・コンパニは、古巣であるアンデルレヒトに戻る決断をし、選手兼任監督となった。

同クラブでの初めての記者会見で「自分の過去に感謝しつつ、自分の未来を描きたい。ベルギーの最強チームであるアンデルレヒトに選手兼任監督という形で戻ってこれて本当に嬉しい。最高の選択をした」とコメントを残した。

しかしながら、両方の役割を果たすのが難しかったのか、2020年8月にコンパニは選手を引退し、監督業に専念することを発表した。


マルコ・マテラッツィ 写真提供: Gettyimages

マテラッツィ

ペルージャの選手として頭角を現し、10年間(2001-2011)インテル守備を支えたイタリア代表DFマルコ・マテラッツィは、2011年6月に同クラブを離れ、監督への道を選んだ。

そんなマテラッツィはライセンス取得後の2013年7月に、インドのチェンナイインへの移籍を発表。初シーズンには選手兼任監督として活躍し、同クラブを国内リーグ3位のまで導いた。

一方、2シーズン目からは監督として指揮に専念し、2017年まで同クラブの指揮官を務めた。


ライアン・ギグス 写真提供: Gettyimages

ギグス

27年間もの間(1986-2013)アレックス・ファーガソン監督のもとで栄光の時代を過ごしたマンチェスター・ユナイテッド。同監督が引退した後、ユナイテッドには難しい時期が訪れた。

2013年5月にはファーガソンの後継者としてデイビッド・モイーズ監督(現ウェストハム・ユナイテッド)が招へいされ、同監督の元でライアン・ギグスはプレーしながらアシスタントコーチを務めた。しかし、モイーズ監督が思うような結果を残すことができなかったため、2014年4月にギグスは選手兼任監督となった。

その経験をきっかけにギグスは監督としての経験を積み、2018年にはウェールズ代表の監督に招へいされることとなった。


ニコラ・アネルカ 写真提供:GettyImages

アネルカ

パリ・サンジェルマン(PSG)、シティ、チェルシーなど、多くのビッグクラブに所属した元フランス代表FWニコラ・アネルカは、2011年12月に中国の上海申花へと移籍を果たした。

同クラブで過ごした半年間はアネルカにとって忘れられない経験となっただろう。選手として同クラブに移籍したものの、ベシクタシュなどでの指導経験もあるジャン・ティガナ監督の解任によって監督としての役割を与えられることとなる。

しかし、給料の未払いなど多くトラブルが続いたことによって、アネルカは上海申花を離れ、2013年1月に同選手の獲得に乗り出していたユベントスへとレンタル移籍をすることとなった。

ジャンルカ・ビアリ 写真提供: Gettyimages

ビアリ

選手兼任監督を務めた人の中で最も素晴らしい結果を残したのは元イタリア代表FWジャンルカ・ビアリだろう。

彼は1996年にイタリア代表のチームメートであったロベルト・ディ・マッテオ、そしてジャンフランコ・ゾラと共にアイデンティティを失ったチェルシーに加入した。まさかビアリが監督としても同クラブに栄光をもたらす人物となるとは誰も想像しなかっただろう。

1998年2月にチェルシーは監督を務めていたルート・フリット氏を解任。ビアリはプレイヤーと監督の両方の役割を務めることとなった。プレミアリーグ1997/98シーズンはすでに終わりを迎えていたにもかかわらず、EFLカップとUEFAカップウィナーズカップの2冠を手に入れることとなった。

ビアリはその後1999/20シーズンから監督の役割のみに専念してからも、多くの勝利を重ね続けた。


ルート・フリット 写真提供: Gettyimages

フリット

ビアリが監督に招へいされる前にチェルシーの指揮官を務めていた元オランダ代表MFルート・フリットも選手と監督の両方の役割を経験している。

1995/96シーズンにプレーイングマネージャーとしてチェルシー を支えることとなり、同クラブをFAカップ優勝に導いた。このことによりフリットは外国人として史上初のFAカップ優勝監督となった。

1998年2月にチェルシーを解任となってからニューカッスル(1998-1999)、フェイエノールト(2004-2005)、ロサンゼルス・ギャラクシー(2007-2008)、そしてロシアのテレク・グロズヌイ(2011)の指揮官を務めることとなった。


グレン・ホドル 写真提供: Gettyimages

ホドル

トッテナムで350試合以上をプレーしたイングランド代表MFグレン・ホドルは2度も選手兼任監督を経験し、イングランドサッカーの歴史に名を残した。

1回目のプレイングマネージャー経験は2部に所属したスウィンドン・タウン時代。同クラブで指導者としてのスタートを切ると1991/92シーズンにスウィンドン・タウンをFAプレミアリーグ昇格へと導いた。

そして、1993年にはチェルシーへと移籍。スウィンドン・タウンでの活躍もあり大きな期待を託されたものの、チェルシーでの3年間ではタイトルを手にすることができなかった。


ケニー・ダルグリッシュ 写真提供: Gettyimages

ダルグリッシュ

元スコットランド代表FWケニー・ダルグリッシュはセルティックで8年間(1969-1977)プレーした後、リバプールへと移籍し同クラブでレジェンドとなった。

1977年から1991年の14年間にダルグリッシュは選手、プレイングマネージャー、そして監督の3つの形で同クラブを支える存在となった。

その間にはプレミアリーグ優勝8回、チャンピオンズリーグ(CL)3回、FAコミュニティ・シールド7回など多くのタイトルを獲得したうえに、1983年にはバロンドールの投票で第2位となった。