誰も被害者にも加害者にもなりませんように 小金井ストーカー刺傷事件に見舞われた冨田真由さんの手記全文 規制法施行20年

 2016年5月に東京都小金井市で、会員制交流サイト(SNS)への執拗な書き込みなどを繰り返していた男に刃物で刺される被害に遭った冨田真由さんが、ストーカー規制法施行から20年となる節目に、共同通信に手記を寄せた。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみながら、「悲しい事件を繰り返さないでほしい」とメッセージをつづった。ご本人の同意を得て、全文を公開する。(構成、共同通信=山脇絵里子)

冨田真由さん

 ▽外出できない日々の苦しみ

 「ストーカー規制法施行から20年」の節目は、自分が被害者になっていなかったらきっと流れていくニュースのひとつで、忘れていくニュースのひとつであったのかもしれないなと思います。

 事件から4年がたちましたが、正直、この4年間で何かが変わったという実感はありません。だから4年たったと聞くと、もうそんなにたってしまったのかと焦りと不安を感じます。事件の日から全く進めていない気がするのに4年もたってしまったのかと。本当に長い長いステイホームのような状態で、やりたいことを思うようにできない煩わしさを感じながら、代わり映えのない部屋で代わり映えのない毎日を繰り返しています。

 事件に遭っていなければやりたかったことがあります。普通に大学を卒業して、就職をすることです。就職したい、働きたいという夢を妨げているものとしてPTSDがあります。「外出」ひとつとっても私にはかなりの労力が必要です。外出=事件の日を思い出させるトリガーのひとつ。近所を少し散歩するだけでも、多くの人がいる中で事件と重なるような場面に出くわすと、あの日に戻った感覚になってしまうのです。例えば、事件の日、犯人は私の後ろから急に現れ事件現場までついてきました。外出すると誰かが後ろにいるという状況は少なくありません。そんなよくあることが、普通の人には何でもないようなことが、私にとっては殺されるかもしれない恐怖を想起させるとても苦しい出来事です。他にも、ポケットに手を入れている人を見るとナイフを取り出して刺してくるのではないか、犯人と同じような背格好、また同じ男性というだけで身がすくんでしまうこともあります。そしてその苦しさを味わいたくない気持ちから、今はひとりで外出したり公共交通機関を利用したりすることができません。何をするにも必ずと言っていいほど付きまとってくる事件の後遺症や恐怖。思うようにできない煩わしさは重なれば重なるほどストレスになり、何もできない自分が嫌になります。

 事件の後、退院したばかりの頃はPTSDの治療にも前向きで、「早く元の生活に戻りたい」と意気込んでいました。しかし治療を進めるほどに見えてくるのは、結局は事件のあった世界で生きていかなければならないというとても残酷な事実。自分の気持ちが、あれから4年たった現在に追いつけず治療は止まってしまっています。治したい気持ちと隣り合わせに治すことへの怖さがあるような、そんな感じです。

冨田真由さん

 ▽想像してほしい、見えない傷

 同じような被害で苦しんだ経験がある人は、このもどかしさの一番の理解者であると思っています。見えない傷だからこそ苦しいことも知っていると思います。ストーカー被害に限らず、種類や大きさは違えど、目に見えない傷や障がいのある人は多いですよね。私と同じように精神的な傷を抱えている方は特に、「気の持ちよう」だとか心無い言葉をかけられた経験があるのではないでしょうか。

 本人が一番つらい、しんどい。なのに、そのつらさはなかなか理解されない。私はPTSDになり、病気のことやつらさは知られていないのだなとさまざまな場面で身をもって感じるようになりました。場面をひとつ挙げると、私が友人と話しているときに「将来についてどう考えてる?」と聞かれることがあります。きっと友人にとっては何げない会話のひとつなのですが、私にとっては回答を避けたい質問のひとつです。何げない質問たったひとつでも、私の人生には事件に遭ったというフィルターがかかっていて、どうしてもそれ越しに未来を考えてしまうからです。また、今を生きることにいっぱいいっぱいでもあります。このような物事に対する見方の違いから、だんだんとズレが生まれ、ぎくしゃくしてしまった人間関係もいくつかありました。一般的な病気は、それなりに知識があるから、痛みやつらさを想像することができる。この想像が犯罪被害や見えない傷の理解につながっていくと考えています。

 変わってしまったものの方が多いけれど、事件前と変わらず、むしろそれ以上に理解し手を差し伸べてくれる家族や友人もいます。

 あるとき友人が、「どんなことが今の真由にとって大変で難しいのか。そしてどんなことが助けになるのか教えてほしい」と声をかけてくれたことがありました。ひとりでは外出できないことを伝えると、会う日は送り迎えをしてくれたり、人が少ない場所を提案してくれたりしました。こんな風に親身になってくれることが嬉しい反面、その心配りが相手の負担や迷惑になっているのではと考えることがあります。でも友人は「楽しかった、また会おうね」と、また優しい言葉をかけてくれるのです。

寄せられた手記

 ▽言葉で言い尽くせない家族や友人への感謝

 そして、本当に多くの時間を犠牲にさせてしまったと思っているのが家族です。一番近くで支えてくれる家族です。どんなときも側にいたからこそ、つらいのは私だけではないことを何度も痛感してきました。事件からの家族との日々を思い返すと書くことがつらくなってしまうので今は書きませんが、数え切れないほどの痛みや苦しみを共にしながら、この4年を歩んできたなと思います。

 家族や友人が私を心配してくれた時間は、その人たちが自分のために使えた時間でもあります。それぞれの大切な時間と温かい気持ちで寄り添ってくれる。こんなにもすてきな家族や友人がいることが、最悪とも形容できてしまう人生の中でも感じることのできる幸せです。どんな言葉をつかっても足りないくらい、本当に感謝しています。

 事件後、何年もストーカー被害に遭っているという女性から手紙をいただきました。前はできたことができない苦悩や、いろんなことに疑心暗鬼になり人付き合いもできなくなってしまったことを教えてくれました。「わかる、わかる」と共感しながら読みました。私が手記を書くたびに苦しさや恐怖をより感じてしまうように、彼女もそうであったと思います。この手紙がきっかけで、自分が知らないだけでストーカーによる被害者はたくさんいるのではないだろうかと考えるようになりました。勇気をもって手紙で伝えてくださったこと、とても感謝しています。

冨田真由さん

 ▽ニュース見るたびやるせなく

 私の事件以降も、他人事とは思えない悲しいストーカー事件を何度かニュースで目にしました。そのたびに、今の日本のストーカー対策ではまだまだ足りないのだなと感じます。私の事件で最後であってほしかったのになとやるせない気持ちになります。24日にストーカー規制法施行から20年を迎えますが、SNSが規制対象に入ったのは私の事件の後でした。20年もあったのに、たった4年前にやっと対象とされたのです。時代が進むにつれて法律をすり抜けていく付きまといの手段も生まれているなか、こんな速度でしか法律が変わっていかないのだとしたら、被害者はまた出ます。

 また、警察に相談する際、警察官によって対応の仕方が変わってしまうことにも問題があると考えています。事件後は、真摯に向き合って対応してくださる警察の方もいて、それが相談に行ったときだったら、事件前であったならと思う瞬間が何度もありました。

 これはあくまでも私の考えですが、警察に相談をすることはとても勇気のいることです。恐怖を感じていながらも警察を頼ってよいのだろうかと本当に悩み、相談することを決めました。しかし事件後、警察が本当は何の対応もしていなかったことを知りました。

 昨年7月に裁判を起こしたのは、同じように対応のずさんさからつらい経験をする人がいなくなってほしい、二度と同じような悲しい事件が起きてほしくないという願いからです。「警察に助けを求める」ということがどういうことなのかを、改めて考え直してほしいと思います。

 「事件後」では遅いんです。何かが起きる前に、少しでも早く、ストーカーに悩んでいる人を正しい方法で救ってほしいと思います。警察にとっては多くの案件の中のひとつかもしれませんが、誰かにとっては一生がかかっています。

冨田真由さんと話す猪野憲一さん

 ▽「頑張りすぎなくていいんだよ」

 今年10月、埼玉県の桶川ストーカー事件の犠牲者、猪野詩織さんのご両親にお会いする機会をいただきました。自分が被害者になる前から知っていた事件でもありましたし、被害者になってからは一度お会いしてお話したいと思っていました。同じストーカー被害者に会うのは初めてのことで、お宅に着くまでは緊張していたのですが、猪野さんご夫妻はとても温かく迎えてくださいました。そして、詩織さんの写真が見える場所で、事件当時のことや過ごしてきた20年余りのお話を聞かせていただきました。

 事件当時の話は特に、今まさに私が苦しいと感じていることとリンクする部分が多く、平常心からかけ離れたざわざわした気持ちになりました。ざわざわした気持ちのほかに、不思議なのですが安心感もありました。つらい事件を経験しても、強く生きていくことができると教えていただいた気がしたからです。猪野さんご夫妻から強さを感じたのは、きっとふたりで数えきれないほどの痛みを乗り越えてきたからこそ。そしてご夫妻が、20年以上もストーカー事件・被害と向き合ってこられたエネルギーは、詩織さんが届けてくれているのかもしれないなと感じました。

 詩織さんのお父さん、憲一さんは「頑張りすぎなくていいんだよ」という言葉をかけてくださいました。詩織さんが憲一さんによくかけていた言葉だそうです。それを聞き、不思議な安心感の正体が、詩織さんの優しさでもあったことに気づかされました。貴重な時間をつくっいただいたことに感謝しながら、猪野さんご夫妻と詩織さんの温かさを忘れずに過ごしていたいなと思います。

冨田真由さん

 ▽終わらない恐怖

 ストーカー被害は、事件が終わったからといって解決するものではありません。被害者は事件の日に負ったさまざまな傷を抱えながら、犯人がいつか刑務所から出てくる恐怖を抱えながら生きていかなければなりません。私の事件では懲役十数年の判決が出ましたが、たった十数年なんです。刑期を終えれば犯人は本当に更生したかもわからないままこの社会に戻ってきます。そんな終わることのない恐怖を抱き続けることはとても苦しいものです。

 誰も被害者にも加害者にもなりませんように。そして、それがどうかこれを読んでいるあなたでありませんように。

 最後に、さまざまな被害により生きづらさを感じている人の心が今より少しでも軽くなり、ホッとできる時間や笑っている時間が増えることを心から願っています。

文末に添えられた本人の署名

 ■小金井女性殺人未遂事件

 東京都小金井市で2016年5月21日、当時私立大3年で音楽活動をしていた冨田真由さんが首や胸などを刺され、一時重体となった。現行犯逮捕されたファンの男は殺人未遂罪などで懲役14年6月の判決が確定。事件を機にストーカー規制法が改正され、SNSでの付きまといも規制対象になった。冨田さん側は19年7月、事件前に身の危険があると相談したのに警視庁が会場周辺の見回りなどを怠ったとして、東京都などに計約7600万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した。

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