【中原中也 詩の栞】 No.20 「(秋が来た)」(生前未発表詩)

秋が来た。
また公園の竝木路は、
すつかり落葉で蔽はれて、
その上に、わびしい黄色い夕陽は落ちる。

それは泣きやめた女の顔、
ワットマンに描かれた淡彩、
裏ッ側は湿つてゐるのに
表面はサラツと乾いて、  

細かな砂粒をうつすらと附け
まるであえかな心でも持つてるもののやうに、
遥かの空に、瞳を送る。  

僕はしやがんで、石ころを拾つてみたり、
遐くをみたり、その石ころをちよつと放つたり、
思ひ出したみたいにまた口笛を吹いたりします。

 

【ひとことコラム】「ワットマン」は水彩絵の具向けの高級画用紙。秋の夕暮れがもつ独特の雰囲気を、水彩画に描かれた女性像に喩えています。最終連のいかにも所在なげな「僕」の姿が、激しい感情を内に沈めながら遠くに視線を送る女性の、深い思いを湛えた美しい表情を際立たせています。

※無題の詩で、冒頭の1行を題名の代わりに用いているため、題名に( )を付しています。

中原中也記念館館長 中原 豊

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