“ダークスカイ”取り組む町は今 「いつまでも星降る夜空を」

日没後の空に姿を現した天の川。左下は美星天文台=2017年11月18日、岡山県井原市

 星に願いをかけられる夜空をずっと―。なだらかな高原にあり、その町名の通り、美しい星空で知られる岡山県井原市の旧美星町地区が、国際的な「星空保護区」の認定を目指している。光害対策として、約400のLED街灯を上空に光が漏れにくいタイプに交換するプロジェクトが進行中で、来春にも保護区認定を申請する。「50年後、100年後の世代に、美しい星空を残したい」(市の担当者)。星にまつわる伝統と歴史を大切に紡いできた町の願いは天に届くだろうか。(共同通信=石井祐)

 ▽まぶしくない夜空

 岡山市から西に車で約1時間半、岡山県の西端近くに位置する美星町。10月20日、改良したLED街灯の取り付け作業があると聞き、町を訪れた。中心部の標高は約330メートル。周辺には田んぼが広がり、家々が間隔を空けて並ぶ。地区の人口は4千人ほどで、コンビニは無い。

 9月に一度取材で来たものの、まだ実際の夜空は見ていなかった。星空撮影用のカメラと三脚もしっかり車に積んできた。美星支所付近で車を降りると、澄んだ空気が肌に触れた。

 美星支所がある中心部から、さらに車で15分ほど、約4キロ離れた「八日市地区」に向かう。市が、LED街灯の交換事業のモデル地区と位置付けた集落だ。

電柱で街灯の付け替え作業をする男性=10月

 集落では、地元の電気会社の若者たちが電柱に登り、旧タイプを取り外し、改良タイプに換えていた。作業を見守る三宅輝明社長(55)は「改良タイプにしたら、集落全体の光は暗くなり、落ち着いた。全然違いますよ」と胸を張る。

 日没後の午後8時ごろ、街灯が取り換えられた集落内を歩いてみた。LEDは電球色で、まぶしくない。街灯と街灯の合間はうす暗く、空を見上げると無数の星々が見えた。

 他の地区でも星空を見上げてみたが、旧タイプの街灯が一度目に入ると、しばらくまぶしさが消えず、せっかくの夜空が少し損なわれて見えた。

 ▽またたき少なくシャープに見える星

 旧美星町は1954年に四つの村が合併して誕生。町名は、町内を流れる美山川と星田川から1文字ずつ取って名付けられた。流れ星が落ちた古い伝説を信仰する「星尾神社」があり、毎年8月7日には七夕祈願祭が開催されている。

 神社に掲げられた看板によると、鎌倉幕府と朝廷が争った「承久の乱」が起きた1221年ごろ、「流れ星が落下し、水田で光り輝いた。この地の豪族がこれを採り、小さなほこらを建て、住民は明神様として厚く信仰した」のが由来。周辺の地名も「黒田」から「星田」に変わったという。流れ星が落ちた伝説は、同じ旧美星町の「高星神社」「明神社」にも残る。まさに「星の郷」だが、なぜ星がよく見えるのだろうか。

星尾神社=10月

 美星支所に勤務する市美星振興課の小川貴史さん(28)によると、「晴れの国」といわれる岡山県の中でも特に晴天率が高い。高原にあり上空の気流も安定していることから、望遠鏡で星を見ても、またたきが少なくシャープに見え、天体観測に適している。

 標高425メートルの山頂にある旧町立「美星天文台」は1993年に設置された。設置当時、公開されている天文台の中では、望遠鏡は国内最大級とされていた。現在も県内外から年間約1万7千人(2019年度)が訪問する人気スポットで、夜間開館をする週末は、カップルや家族連れでにぎわうという。

 ▽光害防止条例を制定

 そんな旧美星町は、約30年前から星空保護の取り組みを続けてきた。きっかけは1987年、当時の環境庁が全国に呼び掛けた「スターウォッチング星空の街コンテスト」。「双眼鏡を使って、こと座の一部に見える星の数を競う」という内容で、旧美星町は見事、全国有数の「星空の街」の一つとして選出された。

 選出を機に88年、星をテーマにしたイベント「星の降る夜」を開催。集まった天文ファンから「美星町の星空を守ってほしい」と要請された。当時の日本では光害の考え方は一般的ではなかったが、町は職員を環境庁などに出張させ、約1年かけて条例の内容を検討。午後10時以降の屋外照明の消灯や上空に光が漏れない照明を推奨する国内初の光害防止条例を89年11月に制定した。

 小川さんは「当時の職員によると、バブル期で『もっと明るくしよう』という流れの中で、時代に逆行した内容だったらしいです」と笑う。条文の前文は詩的だ。「夜空の宝石ともいえる星雲や星団は、何千年、何万年以上もかかってその姿を地上に届けている」「宇宙は今、光害によってさえぎられ、視界から遠ざかって行こうとしている」

 その後、93年には天文台が設置された。05年に井原市と合併して町が消滅した後も、条例は継承されて名実ともに「星の郷」の地位を守ってきた。

 ▽「星空保護区」を目指して

 しかし近年、条例は形骸化して存在感を失いつつあった。さらに2011年ごろから、蛍光灯から白色LEDへ、街灯の切り替えが急速に進んだ。省エネ機運や、切り替えを推奨する市の補助金制度などが後押ししたのだが、その結果、「昔から住んでいる人や専門家などから『昔より星が見えなくなった』と言われることも増えた」(小川さん)という。

井原市美星振興課の小川貴史さん

 「星空を売りにしている町としてはまずいのではないか」。危機感を抱いた市は「もう一度機運を高めよう」と、条例制定から30周年を迎えた19年、正式に「星空保護区」を目指し始めた。

 星空保護区は、夜間の光害対策に取り組む団体「国際ダークスカイ協会」(IDA、本部・米国)による認証制度だ。国内では沖縄県の西表石垣国立公園が2018年3月に初認定され、今年8月には東京都の神津島村が申請を届け出ている。市が目指すのは、六つあるカテゴリーのうち、人が居住する町や市といった自治体単位で認定される「ダークスカイ・コミュニティ」。認定されると、アジア初となるという。

 認定へのハードルは高い。単純な星空の美しさだけでなく、屋外照明に関する厳格な基準などが設けられている。市は、「現在の白色LEDでは認定は厳しい」と判断。光害条例制定時のころから、松下電工(現パナソニック)製の屋外照明が採用されていた縁もあり、19年3月にパナソニックに改良を依頼した。

岡山県井原市の旧美星町内の八日市地区に設置された改良LED街灯(手前)。奥の従来のLED街灯より上方向への光の漏れが少ない(同市提供)

 改良の最大のポイントは、上方向への光の漏れをゼロにすること。パナソニックは当初、まぶしさを抑えた暖色のサンプル品を提案。しかし、19年7月に試作品を取り付けてみたところ、視察したIDA関係者から「上方への光漏れがある」と指摘があった。このため、電柱に取り付ける角度を斜めから直角に変更して、真下だけを照らす仕様に変更。照明内部にも、左右に漏れる余分な光をカットする、黒い遮光性の樹脂製のシートを取り入れることで、上空に光が漏れないようにした。

 こうして20年1月に、パナソニックの街灯は、IDA米国本部による認証を取得。市は、クラウドファンディングで集めた約600万円や市の予算などを使って、10月以降、交換作業を進めている。また、自動販売機への遮光フィルムの取り付けも検討しているほか、企業看板の消灯などの協力も求めていく、という。

 ▽「暗くなって鍵穴が見えん」

改良LED街灯を設置した八日市地区から撮影した「天ノ川」(同市提供)

 八日市地区に住む理容業山室茂幸さん(71)は「すごく暗くなった。蛍光灯が出る以前の、昔の電灯のような感じで、星空はよく見えるようになった。美星町から環境保護(二酸化炭素の排出削減など)を世界に訴えることができる」と前向きに捉える。一方で「高齢者が多く、『前より暗い』という戸惑いの声が上がっているのも事実」という。記者も住民に話を聞いたが、複数の高齢者から「鍵穴が見えない」「防犯の面から不安はある」などの声が漏れ伝わってきた。

 市はこれまで各地域で保護区申請への理解を得られるよう説明会を開催。「街灯が暗くなった分、数を増やすことなども視野に入れて、生活面の不安は和らげたい」(小川さん)として、住民の理解を継続して得たいとしている。

 【取材後記】

 取材の合間、天文台から5キロほど離れた大倉龍王山の山頂付近にある「井原市星空公園」に登ってみた。午後6時ごろに訪れると、写真が趣味という初老の男性が、孫から借りた星座早見盤を手に「天の川はどこだろう」と、星が見え始めた夕空を見上げて、カメラを調整していた。星空撮影が初めての私に、カメラの設定を教えてくれた。

「井原市星空公園」で筆者が撮影した星空=10月

 午後10時ごろに再訪すると、まさに「星降る夜」だった。「星は無数にある」。そんな当然のことを再確認した。満天の星空の下では、たくさんのカップルがレジャーシートを敷いて、肩を並べていた。山の空気は冷たいが、暗闇の中でぼんやりと見える後ろ姿からは温かさが伝わる。ひそやかな声で交わされる2人だけの会話。星明かりを頼りにお互いを見つめ合っていた。岡山市から来たという20代の大学生の男女に話しかけると、「初めて来ました。保護区申請については知らなかったけど、こんなにきれいだと思わなかった」と答えてくれた。暗いので表情はよく見えなかったが、2人の声は静かで柔らかかった。

 取材の余韻に浸りたく、帰宅する車内で、ジャズのスタンダードナンバー「Stars fell on Alabama(星降るアラバマ)」や「Stardust」など、星空にちなんだ曲をかけてみた。東京で生まれ育ったが、幼い頃、自宅の庭先で、父が用意してくれた望遠鏡をのぞき、母や兄と一緒に、星座について教わった記憶がよみがえった。「あれが夏の大三角形だよ」「あれはシリウスだ」。1997年にヘール・ボップ彗星(すいせい)が来た時は、幼いながら興奮したな。あの望遠鏡はどこにいったのだろう…。

 午後11時半すぎ、自宅がある岡山市内に戻り、空を見上げた。電柱やマンションに設置された街灯は明るく、星はぽつりぽつりとしか見えない。1時間半前に見た夜空は幻だったのだろうか。都市の光に隠れた無数の星々を思った。

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