【社会人野球】慶大、そしてENEOS… “再建請負人”の大久保監督が語る「いい組織」とは?

ENEOS・大久保秀昭監督【写真提供:ENEOS野球部】

2015年から率いた慶応大学の任期を残し、古巣ENEOSの監督に復帰

「愛ですよ、愛」

5年ぶりにENEOS野球部の指揮を執る大久保秀昭監督は、チーム再建の任を引き受けた理由を聞かれると、そう言って笑った。2015年から母校・慶応大学の監督を務め、任期はまだ1年残っていた。「ダメな奴なんです、教え子を見放して(笑)」とは言うが、古巣の窮地を見過ごすことはできなかった。

前回、2006年から9年にわたりENEOSを率いた時には、都市対抗野球大会で3度の優勝。「勝ち慣れている雰囲気にモヤモヤしているものがあった」という2014年、慶大を率いていた竹内秀夫元監督が病に倒れ、後任を引き受けた。母校で勝つチームの文化を創り上げ、六大学リーグで3度優勝を飾る間、常勝軍団だったENEOS(当時はJX-ENEOS)は2016年から4年連続で都市対抗野球の本戦出場を逃すなど低迷。チーム再建の依頼が舞い込んできた。

「どっちに必要とされているかというと、ENEOSの方が強くて。やっぱりチームがなくなってしまう可能性があると聞くと、他人事ではなかったんですよね。『お前しかいない』と言われた時、『あと1年待ってください』と言っても『待ったなしなんだ』という状況で。慶大である程度、チームカルチャーを創り上げて『彼らなら大丈夫』という思いもあったので、引き受けました。慶大を引き受けた時もそうですけど、本当に母校愛、チーム愛、その思いだけです」

再建を託され、失敗が許されない中での決断となっただけに、復帰したENEOSでは妥協は許さなかった。前回の在任時から残る選手は、コーチを兼任する渡邉貴美男、江口昌太、柏木秀文、山崎錬、松本大希の5人だけ。残りの24人は2016年以降、都市対抗野球大会でも日本選手権大会でも優勝を知らない選手ばかり。チーム再建は「そんなに甘くない。僕はやっぱり3年はかかると思っていました」と振り返る。

「最初に言ったのは、劇的に変わらないと4年間優勝できなかったチームが変わるわけはないということ。選手がそれぞれ変わらなければチームは変わらない。選手が変わらなかったら、次はどうするか。人を入れ替えてチームを作り直すしかないですよね。当然、ENEOSの野球も大事にするんですけど、僕が一緒にやりたいと思う選手だったり、僕とやりたいと思う選手だけでいい、と。これが10人だけだったとしても、会社は僕に託したんだから、今年は休部で来年やりたい選手を集めてやる。それくらいの覚悟を持ってやりました。当然、選手にもそういうつもりでついてきてくれ、と。東京ドームに行きたいと思うんだったら、そういうことをしていかないと勝てるチームにはなれない」

選手に求めた「早寝早起き朝ご飯」、建て直しには時間が必要と思ったが…

2020年のチームスローガンとして掲げたのは「ドラマティックチェンジ」。劇的な変化を生み出すため、まず取りかかったのは基礎を整えることだった。

「いい集団、いい組織にしていくためには、いい人材、いい選手が必要です。いい選手を作るためにはどうしたらいいかといったら、規則正しい生活をキチンとできる選手を増やすこと。規則正しい生活っていうのは、早寝早起き朝ご飯。しっかり朝起きて、ご飯を食べて、練習の準備をして……って、高校生に言うようなことから始めました」

不在の間に力の差をあけられた東芝、チームの合併を繰り返し競争に勝ち残った選手が集まる三菱パワーとの差を考えると、「僕は全然時間が足りないと思っていたんですよ」と明かす。個々の実力や意識を引き上げていかないといけない。チームとして誰が勝負強くて、誰が役割をちゃんと理解しているのか、監督自身も見極めの時間が必要だった。そんな時、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、チーム活動が休止となる。

「チームとしての活動はできなかったけど、結果として選手が成長するいい時間になったんですよ。外出できないから、やることといったら野球と向き合うしかない。朝起きて、練習して、課題の本を読んで、夜はお風呂に入ったら眠くなって……。勝手に規則正しい生活になって、やることがないから個人練習をしているうちに、自粛が明けたら『あれ、球が速くなってるぞ』『あれ、打球がちょっと良くなってないか?』って。それでチームとして戦い始めたら、少しチームらしくなって『あれ、負けないぞ』となっていったんです」

社会人野球の選手ともなれば、普段は社業と並行して野球に励む日々。改めて野球と向き合い、野球について考える時間は、普段はなかなか取ることができない。それがコロナ禍により、野球や人生、様々なことに思いを巡らす時間が生まれた。そこに大久保監督が普段から「うるさいくらいに言ったりする(笑)」という「キャッチボールを大事にすること」「1球に対する執着心」というメッセージが、うまくリンクしたのかもしれない。

9月に入り、都市対抗野球大会の予選が始まると、代表決定リーグ初戦の東芝戦は3-0で完封勝ち。翌日の三菱パワー戦では延長12回までもつれたが5-3で勝利し、西関東第1代表として5年ぶり50回目の本戦出場を決めた。チーム再建を託された就任1年目で、見事なV字回復を見せつけた。

「今年本戦に出られることは、選手にとって転機ですよね。僕が来たことも転機の1つだと思うし、この変化がいい方に出た。22日から都市対抗が始まりますけど、今回は結果がどうなろうといいと思っているんです。当然、優勝は狙いますけど、簡単にできることじゃない。本戦通算100勝(あと1勝)も僕にとっては全く気にすることではなくて、その場に立てることが良かった。今年で野球部を卒業する子もいるので、なんとか東京ドームを経験して引退させられる。それができただけで、僕の中では良かったと思っているんです」

中学生や高校生に見てほしい、社会人野球の全力プレー

22日から始まる都市対抗野球大会では、全国の予選を勝ち上がった32チームが日本一の座をかけて凌ぎを削る。社会人選手たちが繰り広げる一生懸命のプレーを、大久保監督は「中学生や高校生に本当はいっぱい見てほしいんです」と言う。

「社会人野球ってどうしても企業対抗みたいな感じがして、地味なんですよね(苦笑)。地味なんですけど、しっかり教育もしているし、熱い思いを持って野球をやっている人たちの集団。プロ野球を見て学ぶことがあるのと同じで、実は社会人を見て学ぶことは絶対に多い。本気の全力疾走って社会人チームの方がやっているところは多いんですよ。

僕はENEOSで『アマチュアのチームから目標とされるチームでありたい』と話していて、そこに相応しい選手であったり、人であったりでいようと言っているんです。全力プレーで1球たりとも疎かにしない。守備に就いているのにバッティングのポーズをしてみたり、前でプレーが起きているのに後ろを向いてフラフラしていてはだめ。ピッチャーが牽制球を投げたら、みんながそっちに向かって動くとか、ミスがあったらちゃんとカバーする人間がいるとか、そういう動きをそつなく当たり前のように出し惜しみなくできるチームでありたいなと。運動量も集中力も大変ですけど、昔のサッカーの北澤豪選手みたいな執着心を持ちながら、打球が高く上がっても相手がエラーしたり見失ったりするかもしれないから全力で走る。絶対手を抜かないのがENEOSだって見えるくらいになりたいと思っています」

今年の都市対抗野球大会は、各地区の代表決定戦から日本野球連盟(JABA)の公式YouTubeチャンネルでライブ中継が行われている。新型コロナウイルスの影響で東京ドームまで観戦に出掛けられない人はもちろん、海外から声援を送るファンなど幅広い層に熱戦の模様を届けることができ、大久保監督も「めちゃくちゃありがたい」と喜ぶ。

「都市対抗を見てもらった時、『みんな最後のゲームセットまで諦めずにやっているんだ』『プレーボールからゲームセットまで見てよかった、気持ちよかったな』と思ってもらえる試合をしたいですね。その試合を見て、明日から頑張ろうって思いを持っていただけるとうれしいなと思います」

ENEOSの初戦は23日18時、東邦ガスを相手に行われる。チーム愛をもって再建に臨む大久保監督に、選手たちのチーム愛はどう応えるのか。勝敗以上に、どこまで一生懸命プレーできたかが問われる大会となりそうだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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