拉致問題解決できず痛恨の極み 安倍晋三前首相インタビュー(3)

 北朝鮮による日本人拉致問題、北方領土返還交渉、そして憲法改正。安倍晋三前首相が向き合った歴史的な課題は、歴代最長の政権の中でも決着を見いだせなかった。日本のトップとして、どんな気持ちでこれらの難問に取り組んできたのか。戦後70年談話などの歴史認識についても、話してもらった。(共同通信=倉本義孝ほか)

横田滋さんお別れ会に出席した安倍前首相=2020年10月24日

-2017年は、北朝鮮がミサイル発射を繰り返し、情勢が緊迫しました。

 これは相当、緊迫度は高かったです。米国も相当、緊張感を持っていました。ちょっと、つまびらかにできませんけど、日本と米国の国家安全保障会議(NSC)同士は相当、緊密な協議をしました。もちろん、日本の防衛省と米国の国防省、外務省と国務省もそうなんですけど。

 NSCができて良かったな、と思います。特徴をちょっと説明すると、軍事と外交と情報、これら三つを一緒にして、一つの機能として官邸に置きました。それまでは、これらは別々だったんですよ。一つになって、お互いに意思疎通もできて、その中で政策を立案する。あるいは、他国のNSCと、協議をするものができたわけですよね。有事の際、NSCは大変機能したと思います。

-朝鮮半島有事ならば、難民が来ることかも想定しましたか。

 米国とはあらゆることを想定し、相当具体的な議論をしたということです。

北朝鮮の労働新聞が2017年11月29日付で掲載した、大陸間弾道ミサイル「火星15」の発射実験の写真(コリアメディア提供・共同)

対北朝鮮政策は大きく変化

-官房副長官時代から取り組んだ、北朝鮮による日本人拉致問題は解決できませんでした。どう総括していますか。

 拉致問題解が解決できなかったことは、痛恨極みだと思っています。有本恵子さんのお母さんである嘉代子さん、横田めぐみさんのお父さんの滋さんも、お亡くなりになってしまった。

 ただ、安倍政権の間に、それまでの政権でやってこなかった、大きな変化がいろいろあるんです。北朝鮮に対する圧力ということでは、いまだかつてない圧力をかけたと思います。できる限りの制裁を行った。そして国連決議にのっとって、国際社会全体で圧力をかけることに成功している。

 例えば、北朝鮮が国連安全保障理事会の制裁を逃れようと海上で積み荷を移し替える「瀬取り」の取り締まりは、日本が旗を振っている。日本が旗を振って、自衛艦が出て。かつては他国がこれを主導し、日本が「自衛隊を出せ」と言われて、「できますか」っていろいろ考えて、法律をどう適用するか相談していた。

 それを安倍政権では、日本がリーダーシップを取るようにした。こうした公海上の艦船を使ったオペレーションをね。米国のみならず、英国、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダも参加している。

―北朝鮮への圧力を巡っては、米国の空母が日本海まで来ましたね。

 一義的には、米国が軍事的なプレッシャーを北朝鮮にかけた。4月には、第3空母打撃郡が日本海に入るという最大の圧力をかけた。

 その中で、一気に米国が米朝首脳間の対話を行うという決定をした。もちろん日本にも事前の通告はありました。であるならば、日本もそれに合わせた戦略を立てなければいけない。その中で、私も北朝鮮の金正恩委員長に会談を呼び掛けたということです。

米原子力空母「ジョン・ステニス」=韓国・釜山港 2016年3月

トランプ氏が拉致を取り上げてくれた

 -金正恩委員長は、安倍前首相の会談要請に応じませんでした。

 でも、しかし、米朝首脳会談の中で初めて、米国の大統領が日本人拉致問題について、安倍政権の考え方を金正恩委員長に伝えていただいたということは、非常に大きな意味があったんです。

 というのは今まで、米国もそうですが国際社会が問題としてきたのは、基本的に核兵器と弾道ミサイルです。日本人拉致問題を加えるというのは、問題が複雑化することなんですよ。だから、なかなか議題として上げてくれなかった。

 そのような扱いをされてきた日本人拉致問題について、トランプ大統領は金正恩委員長の一対一の場面でも話題に出し、かつ全体会合でも述べてくれた。

 さらに、国連の演説で横田めぐみさんについて触れてくれた。つまり米国は「この問題を解決しなければ、米朝会談も進まない」と明確にしてくれた。意義は大きかったと思います。

会談で握手する北朝鮮の金正恩委員長(左)とトランプ米大統領=2018年6月12日(AP=共同)

-一対一の場面のやりとりも含めて、詳細にトランプ大統領は連絡してくれていたのですか。

 詳細に、話をしてくれました。

 -今後、日朝首脳会談は、実現するでしょうか。

 日本人拉致問題は、米国も韓国も中国も協力して、それぞれ文在寅大統領や習近平主席からも、金正恩委員長に伝えてもらっている。しかし、日本の問題だから、最後は日本が主体的に解決しなければいけない。だから、日朝のトップ同士の話は必要だと思う。そう簡単なことではないけども、菅義偉首相も努力をされると思う。

56年宣言をピン留め

-北方領土返還も最優先課題としてきた。これも結論が出ていない。

 この問題は既に70年以上の歴史が刻まれている。そして、北方領土には残念ながら、日本の島民は住むことができない状況がずっと続いている。そこにはロシア人が住んで、もう70年以上の歴史を刻んでいるという現実の中で、どのように解決できるかということを考えなければならなかった。

 例えば、30年、40年、このまま続いていけば、歴史のかなたに消えてしまう。そこで、まず平和条約締結後に色丹島と歯舞群島を引き渡すと明記した1956年宣言。これは日本と旧ソ連の国会が承認しているものだから、ここをもう一度しっかりと、ピンで留める。このことにおいては、2018年11月のプーチン大統領とのシンガポール会談は非常に有意義だったと思う。

2018年11月、会談する当時の安倍首相とロシアのプーチン大統領

憲法改正、まずは国民投票法

-憲法改正だが、2020年の実現は厳しい状況です。今後、憲法に関して活動に関与していく意気込みは。

 国会で発議するものですから、自民党がリーダーシップを発揮していかなければいけないと思っています。あと、公明党との話し合いも大切だと思います。  自民党の衛藤征士郎憲法改正推進本部長を中心に、まずは国会で国民投票法成立に向けて努力していきたい。

-レガシー(政治的遺産)も踏まえて長期政権を振り返ってどうですか。

 当初は自民党総裁任期2期の計6年のはずだったので、想定より長く務めることができた。基本的には、経済と外交に力を入れた。経済における政治の最大の責任は、雇用をつくること。世界のどこの国でもそうだ。安倍政権は、400万人の雇用をつくり、完全雇用に近い状況をつくることができた。外交は、日米同盟を強化し、トランプ大統領との間で、日米の信頼関係を回復できたと思っている。

―「戦後からの脱却」を、キーワードにしていました。2015年の米下上院合同会議の演説は印象的でした。一つ一つ積み重ねてきたと理解しているが、歴史問題をどう位置づけていたのですか。

 まず第2次安倍政権ができたときに、欧米が言う「歴史修正主義者」ではないかというそしりが、私にあったのは事実だ。その中で、戦後70年を安倍政権で迎えることになった。国内だけではなく世界にどう発信していくかを重視し、オーストラリア議会での演説、またインドネシア・バンドンでの演説、そして米上下両院の合同会議での演説、戦後70年談話と、スケジュール感を持ちながら、一つ一つ積み重ねていくという考え方の下に、それぞれスピーチを行った。

2015年4月、米議会の上下両院の合同会議で演説する当時の安倍首相=ワシントン

▽村山談話を上書きした

-戦後70年談話は、村山談話との関係で注目を集めました。

 戦後50年の談話は、たまたま自民、社会、新党さきがけの三党連立政権で、社会党党首だった村山富市氏が首相だった時に発表された。戦後70年談話は、50年談話を上書きするという考え方で作成した。

 村山談話は、日本のことしか見ていない。「国策を誤った」というが、どういう風に誤ったのか。そして、その時、世界はどうだったのか。これに関わりなく、日本が侵略をしたことを、ただただ謝罪することに、近い談話だった。

 先の大戦は歴史的出来事なので、世界史的に見る必要がある。つまり、地球儀全体を俯瞰(ふかん)する必要がある。そして、その歴史的出来事は長い時間軸の中で起こる。

 19世紀までさかのぼり、西欧諸国を中心とした国々の広大な植民地が世界に広がっていたという事実を述べた。日本はアジアの中で大きな危機感を持ち、その中で独立を守り、日露戦争で勝利し、西欧の植民地支配の下にあったアジア、アフリカなどの人々を勇気づけたということを明確に書いた。

 それから、10年ごとに出すのがいいのかと考え、70年談話を最終的なものにしたい、という意気込みで出した。そうすることで、私たちの子や孫、さらにその先の子どもたちの世代に、謝罪を続ける宿命を背負わせるわけにはいかないということも明確にしたつもりだ。

日米間では、戦後を完全に終わらせた

-未来志向の談話にしたかったということですか。

 その通りだ。キーワードということを言われたが、例えば侵略にせよ、植民地支配にしろ、明確な国際的な言葉の定義はない。そうした中、村山談話では、侵略や植民地支配という言葉が使われている。

 主語を日本とするのではなく、世界を念頭に起き、事変、侵略、戦争、いかなる武力による威嚇、武力行使は、国際紛争を解決する手段として用いてはならない、2度と用いてはならないということだ。

 世界を主語にして、植民地支配と決別をすると。そういう世界をつくっていくという決意だ。戦争の反省の上、こういう世界をつくっていこうということを、未来に向かって言う。その文脈で書き込んだ。それと積極的平和主義の下、日本が役割を担っていくということを明確にした。

-旧西ドイツのヴァイツゼッカー大統領の「荒れ野の40年」も読み込まれていました。

 「荒れ野の40年」を巡っては、いろんな評価がある。しかし、あれはまさに、相当考え抜いて書かれた戦略的な文書だと思う。日米間では、米上下両院の合同会議における演説、オバマ大統領の広島訪問、私の真珠湾訪問で、完全に戦後を終わらせることができたと思っている。

―70年談話では「おわび」の文言を入れるかどうかも注目されました。

 日本は繰り返しおわび申し上げてきたと、ここは何回も言ってるということを明確にした。「繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました」と。いわば改めてすみませんって言うのでなくて、もう何回もしてきて、その上に私たちのこの70年の歩みがあったという文脈なんです。

-欧米からの視線も踏まえたのですか。

 やはり国際社会の中でしっかりとした地位を持つと、日本が中心的なプレイヤーとなってルールメイクもできる。いろんなビジョンを示すことができる国になるためにはですね、国際社会の視線とうまく合わせることは必要だ。

(共同通信=倉本義孝、小笠原慎二、蒔田浩平、杉田雄心、編集は西野秀)

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