新型コロナウイルスはもはや「怪物」ではない 「有効性9割」のワクチンと6タイプの薬剤開発の希望

By 星良孝

 新型コロナウイルス感染症の状況は予断を許さない。各地で新規感染者は増加し、第3波と思われる感染拡大の渦中にある。が、一方で感染拡大を止める切り札と期待されるワクチン候補に前向きな試験結果が続々と出ている。個人的な話ではあるが、先日、ワクチンと薬の開発動向について講演をし、聴講いただいた方から「これまではモンスターだと思いましたが、希望が持てますね」との言葉をいただいた。現在を表すのは、まさにこれではないか。新型コロナ制圧に向けて着実に前向きな動きはある。その希望を示していきたい。(ステラ・メディックス代表取締役、編集者、獣医師=星良孝)

ファイザーが開発している新型コロナウイルス感染症のワクチンの瓶(ロイター=共同)

 ▽ 9割ワクチンの意味

 11月9日、米国製薬企業のファイザーが、ドイツの製薬ベンチャー企業のバイオンテックと開発するワクチン候補について有効性が90%と発表した。

 臨床試験は4万3538人を対象として、ワクチン候補の接種を受けるグループとプラセボの接種を受ける。3週間を空けて2回接種を行い、全体で164人の感染が判明した時点で最終の分析を行い、今回は94人の感染が確認された段階での分析結果が報告された。

 ここからファイザーが計算した有効性が90%だ。ファイザーの発表からは分析の詳細が分からないものの、米国エール大学で同ワクチンの臨床試験を進める医師が、感染者の多くがプラセボを受けていたグループに固まっていると説明した。ワクチン候補を受けたグループで感染を回避できていた可能性がある。

 エール大学からの説明を読むと、インフルエンザワクチンの有効性が59%で、はしか、おたふく風邪、風疹のワクチンの有効性は95%と説明している。その上で、90%の有効性について「エクセレント」とコメントを寄せている。確かに、はしかや風疹のワクチンは日本でも行われているが、接種を受けるとその後ほとんど病気にならずに済む。新型コロナウイルスでそれだけの効果があれば望ましく思える。

 ファイザーの報告が国際的に安堵感を与え日米で株価を上げたが、時を置かずにほぼ同等の高いワクチンの有効性を示す結果が他社からも出てきた。11月16日、米国製薬企業のモデルナが、ワクチンの有効性を「94・5%になった」と発表したことだ。

モデルナが開発中の新型コロナウイルス感染症のワクチン(AP=共同)

 モデルナの発表で特筆すべきなのは、結果が詳細に伝えられたところだろう。

 まず、同社は3万人以上を対象としてワクチン候補とワクチン候補を含まないプラセボを比較する臨床試験を進め、このたび95人の感染者を確認した時点での中間評価を報告した。感染者がプラセボグループで90人、ワクチン候補グループで5人だったと説明している。ここから94・5%と計算している。重症化した事例は11人すべてがプラセボグループだったとも報告した。

 有害事象は軽度から中等度が多かったが、2%程度で重い有害事象が起きると説明している。その内訳は、2回接種するうち最初の接種による接種部位の痛みが2・7%。そのほか2回目の接種によるものとして、けん怠感が9・7%、筋肉の痛みが8・9%、関節の痛みが5・2%、頭痛が4・5%、何らかの痛みが4・1%、接種部位の赤みが2・0%としている。こうした有害事象は全般的に短期的なものだった。

 こうした結果を受けて、モデルナではワクチンの安全性と有効性がうかがえると解説している。

 ▽ 動物のコロナにはワクチンがある

 アストラゼネカはオックスフォード大学とともにワクチン開発を進めているが、11月18日にフェーズ2という最終段階一歩手前の臨床試験の結果を論文発表した。対象者は560人で、主に安全性や免疫反応を報告している。企業が発表したプレスリリースとは異なり査読を経た内容で中立性が高いのが特徴だ。

 これによると、注射部位の痛み、発熱感、筋肉痛、頭痛は、年齢層によって6~9割で見られるが、ワクチン接種に関連した重い副反応はないと説明している。免疫反応はワクチン接種によって適切に引き出すことに成功しているとも説明している。

 筆者は獣医師免許を持つ立場から情報発信をしているが、ブタ、ウシ、イヌ、ニワトリでは、コロナウイルスに対応したワクチンがある。これまでの報告からは人でもワクチンが成り立ちそうだと期待できる。筆者が以前同欄に寄稿したように(新型コロナ検査、ボトルネック越える3つの光明 インフルエンザと同時流行への備えは確かか https://www.47news.jp/47reporters/5307578.html)まだ越えるべき課題がすべて解決したわけではないが、ワクチンの研究の進捗は光明と言える。

新型コロナウイルスのRNAの一部 出典:米国国立衛生研究所のデータベースGenBankに掲載されている新型コロナウイルス感染症のゲノム情報(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/MN908947 )。株式会社ステラ・メディックスの講演資料より抜粋。

 ▽ 臨床試験、世界で4千件

 新型コロナウイルス感染症の感染者は11月20日の時点で、世界で累積5751万人、死者は137万人に上った。1日当たり、世界で約70万人の新規感染者が報告され続けている。

 これまでの統計では全体では致死率2%ほど。年齢によって大きく変わり、18歳未満だと致死率は0・04%という結果も出ているが、50代2%、60代10%、70代20%、80代30%と高齢になるにつれて致死率は上がってくる。重症化や死亡をいかに防ぐかは重要になる。その意味でワクチンと並行して治療薬の開発も求められている。ここも見通しは決して闇ではない。

 新型コロナウイルス感染症の治療薬開発を見ていくと、その原点は1960年のコロナウイルス発見に遡り、さらに2002年のSARS発生から研究は広がりを見せた。02年から新型コロナ発生以前の19年11月までに発表された、SARSの医薬品開発に関する論文は簡単に調べただけで1800件以上ヒットする。これを土台にして新型コロナウイルス感染症の治療薬の開発も進んでいる。20年11月20日までに報告された新型コロナウイルス感染症の薬に関する論文は、8041件に上る。世界の臨床試験のデータベースClinicaltrials.govによると、新型コロナウイルス感染症に関係した臨床試験は世界で3977件になっており、日々増え続けている。

 新型コロナウイルス感染症は約3万のRNAから成り立っている。それをずらりと並べると、こんな文字の羅列からウイルスが生み出されて、世界が翻弄されているのかと不思議になる。逆に言えば、ウイルスの正体はすべて白日の下にさらされている。そこからどんなウイルスの本体ができるのかも見えている。それをいかに抑制するかが重要になる。「もはや怪物ではない」という印象を人に与えるとしたら、その理由はこうした変化にあると考えている。

株式会社ステラ・メディックスの講演資料より抜粋

 ▽トランプ氏が受けた抗体カクテル、進むアプローチ

 これまでの研究のデータを見て、新型コロナウイルス感染症の治療薬開発は大きく2つのアプローチで進んでいると考える。またその中で、6つの領域があると見ている。

 2つのアプローチとは「ウイルスに働きかける」と「宿主側に働きかける」。宿主とは、ウイルス感染を受ける人を指す。まとめると次の通り。

1. ウイルスに働きかける

 1、 ウイルスに対して結合する抗体医薬

 2、ウイルスの細胞への侵入、融合を阻止する薬剤

 3、ウイルスの増殖を抑制する薬剤

 4、ウイルスに対する免疫を強化する薬剤

2. 宿主側に働きかける

 1、 体内の過剰な免疫反応を調整する薬剤

 2、 合併症を軽減する薬剤

 1ー1のウイルスに対して結合する抗体医薬は、米国大統領選の最中に新型コロナウイルス感染症にかかったトランプ氏の治療で有名になった。抗体カクテルという、複数の抗体を組み合わせて使うものだ。抗体は、人が元々体内で作り出す異物に対抗するための「Yの字」の形をしたタンパク質だ。ウイルスに結合して、ウイルスの感染を阻止する。日本でも徳島大学が抗体カクテルの開発に乗り出しているほか、抗体医薬の開発は、東京大学や京都大学などが次々と乗り出している。

 1-2のウイルスの細胞への侵入、融合を阻止する薬剤は、やはりトランプ氏が効果を強調していたマラリアの薬として使われた「クロロキン」が有名だ。これはウイルスが細胞に侵入するのを阻止する効果があると考えられている。日本では小野薬品工業が、カモスタットメシル酸という膵炎の薬を新型コロナウイルス感染症の治療に開発している。これはウイルスが細胞に侵入、融合するのを阻止すると考えられている。

 1-3のウイルスの増殖を抑制する薬剤は、ウイルスが自分のコピーを増やして、数を増やす細胞内の機能を止める薬剤だ。これで有名なのは、日本でも承認されているレムデシビル、また承認申請が出されているアビガンなどがある。いずれもウイルスの増殖を阻止する薬剤となっている。

 1-4は、ウイルスに対する免疫を強化する薬剤。ウイルスの感染した細胞を攻撃する免疫細胞を治療に使うものを言っている。日本では、九州大学が「GAIAー102」というナチュラルキラー細胞という免疫細胞を新型コロナウイルス感染症の治療に応用する研究を進めている。

 2-1は、体内の過剰な免疫反応を調整する薬剤。新型コロナウイルス感染症の重症化する人は、体内の免疫反応が強くなりすぎて、全身症状の悪化につながっている。この免疫を防ぐために、例えば、リウマチの薬として使われてきたトシリズマブという薬が効果がありそうだと考えられている。

 2-2の合併症を軽減する薬剤は、新型コロナウイルス感染症の免疫反応などで、血液が固まりやすくなったり、逆に血球が壊れたりする悪影響を直すものだ。心臓の病気で既に使われている薬剤の応用が盛んに研究されている。

株式会社ステラ・メディックスの講演資料より抜粋

 ▽研究開発をペースアップさせる新技術

 現在の薬剤研究は、別の病気の治療で使われている既存の薬剤を新型コロナウイルス感染症の治療に転用する「リパーパス」が進んでおり、全体を加速させている面がある。さらに、情報技術を用いて、コンピューター上で、新型コロナウイルスの立体的な構造を明らかにして、それに対応した薬剤を作っていく「バーチャルスクリーニング」など多様な研究手法の進歩を生かして研究開発が進む。

 医薬研究は一般的に10年以上の年月をかけて研究開発が進むとされるが、こうした研究の果実を生かすことで、どこまで時間を短縮できるかの勝負が今進んでいる。

 新型コロナウイルスの実態、それに合わせたワクチンや薬剤開発の進捗を見ると、混迷ばかりではなく、希望も間違いなくあることを確認することができる。

 ■参考文献

PFIZER AND BIONTECH ANNOUNCE VACCINE CANDIDATE AGAINST COVID-19 ACHIEVED SUCCESS IN FIRST INTERIM ANALYSIS FROM PHASE 3 STUDY https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-and-biontech-announce-vaccine-candidate-against

Pfizer vaccine, which early data found to be 90 percent effective, enrolled patients in Yale trials

https://yaledailynews.com/blog/2020/11/13/pfizer-vaccine-which-early-data-found-to-be-90-percent-effective-enrolled-patients-in-yale-trials/

Study to Describe the Safety, Tolerability, Immunogenicity, and Efficacy of RNA Vaccine Candidates Against COVID-19 in Healthy Individuals

https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04368728

Moderna’s COVID-19 Vaccine Candidate Meets its Primary Efficacy Endpoint in the First Interim Analysis of the Phase 3 COVE Study

https://investors.modernatx.com/news-releases/news-release-details/modernas-covid-19-vaccine-candidate-meets-its-primary-efficacy

A Study to Evaluate Efficacy, Safety, and Immunogenicity of mRNA-1273 Vaccine in Adults Aged 18 Years and Older to Prevent COVID-19

https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04470427

Ramasamy, Maheshi NAboagye, J. et al.Safety and immunogenicity of ChAdOx1 nCoV-19 vaccine administered in a prime-boost regimen in young and old adults (COV002): a single-blind, randomised, controlled, phase 2/3 trial.The Lancet.Published:November 18, 2020.

https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)32466-1

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