マツダMX-30 「観音開き」ドアとロータリーエンジン復活に見る“ロマン”

マツダにとってコンパクトSUVというポジションには、すでにCX-30という人気車があり、空席はありません。それにもかかわらずMX-30というモデルが観音開きでデビューした、その理由は?


マツダ初のピュアEV

2019年の東京モーターショーでMX-30というモデルがお披露目された時、最大の注目点というのは“マツダ初のピュアEV”ということでした。35.5kWhのリチウムイオン電池の搭載ということですから、日産のリーフの40kWh仕様より、1回の充電で走れる航続距離は短くなりますが、それでもマツダ初の100%電気自動車は話題性十分だったわけです。私たちも新開発のフル電動パワートレインの「e-SKYACTIV」が搭載されたモデルの登場を待ちました。

しかし、MX-30の第一弾として現れたのは、2Lエンジンにスターター兼用の発電機の「ISG」を組み合わせたマイルドハイブリッド車でした。正直、少々肩透かしを食った状況ですが、注目のピュアEVと、さらには発電用エンジンを搭載した「レンジエクステンダー仕様」を、それほどの時間差なく登場させる計画ということで、ひとまず納得です。ちなみにピュアEVは2021年1月、続いて2022年前半には、発電用にロータリーエンジンを用いた、いわゆるレンジエクステンダー付きEVを投入予定となっています。

発表当初こそ物足りなさも感じましたが、それでも目の前に現れたMX-30は、マツダとしてのこだわり、魅力がたっぷり詰まっていました。クーペとSUVのクロスオーバー的なスタイル、そしてこれまでのマツダ車とは少し方向性の違ったデザインのフロントマスクやリアスタイルは都会的でスッキリとしたイメージでした。

開口部の大きな両開きは独特の華やかさがあります

そして何よりも興味深いのは「フリースタイルドア」とマツダが呼んでいる観音開きの前後のドアです。センターオープン式のコンパクトなリアドアを開けてリアシートに乗り降りするという点も新鮮な感じです。これは以前、マツダにあったスポーツカーの「RX-8」と同じ方式ですが、MX-3の大きな特徴となっています。実用面でも有効で前後のドアは90度近くまで開き、センターピラーもありませんから、前後のドアを開け放てば、リアの乗員は体をほとんどひねることなく、前方向に降りることが出来ますから、乗降性はかなりよくなるのです。

もちろん実用面だけでなく、開放感と、さらには見た目の華やかさも、なかなかのものです。唯一の弱点といえば、前のドアを開けないとリアドアの開閉が行えないということぐらいですが、それとて実用性の高さや華やかな雰囲気をスポイルするほどの理由にはならないと思います。

フリーススタイルドアの原点

さて、このフリースタイルドアですが、以前にもマツダにはRX-8というスポーツカーに採用されていました。実はこのRX-8、マツダにとって技術的な象徴のひとつ、ロータリーエンジンを存続させるために計画されたスポーツカーでした。

ここから少しマニアックになります。このRX-8が登場する前に、1991年から2003年までRX-7(3代目)というロータリーエンジンを搭載したスポーツカーがあり、世界中のスポーツカーファンに愛されていました。

RX-8にも独特の華やかさがあります

しかし、21世紀に入ると日本国内市場だけでなく、スポーツカーにとって重要なマーケットの北米でもスポーツカーの需要が低下しました。さらにはロータリーエンジンの環境対策への技術的な行き詰まりなども重なり、2002年に生産を終了となりました。すでにこの時点でマツダはフォード傘下でしたから、ロータリーエンジンの命脈はフォード上層部の意向により、ここで途切れることに、ひとまずはなったのです。

ところがマツダの社員にとってロータリーエンジンを失うことは精神的支柱のひとつをなくすも当然であり、多くの社員の喪失感は相当に大きかったそうです。そこで、まさに直談判の形で多くのエンジニア達が辛抱強くロータリー存続を願い出ました。すると当時の開発担当役員のマーティン・リーチ氏、そして97年にマツダの社長となったフォード出身のジェームズ・イー・ミラー氏など、上層部から、こんな条件が出たそうです。

「ロータリーを使用することはいいでしょう。ただし4ドアが条件です。4ドアで目標とするスポーツカーを実現してください」と指示されたのです。当然、当時のエンジニアたち、とくにそれまでRX-7という一級品のピュアスポーツに携わってきた人たちにしてみれば「そんなものはスポーツカーじゃない」となりました。

しかし、それを飲まなければロータリーエンジンの存続に暗雲が立ちこめることも、また真実だったのです。
では、なぜ上層部は4ドアスポーツというスタイルを厳命したのでしょうか?

そこには「これまでのニッチなピュアスポーツセグメントでなく、スポーツ志向のあるセダン層を狙う。スポーツカーをコアビジネスとして成立させましょう」という理由があったようです。当時のマツダの厳しい台所事情からしてみれば、マーケットの小さなピュアスポーツカーを新たに開発するのは、やはりリスクが高すぎるわけです。

RX-8は観音開きにすることで前後長を短い4ドアスポーツカーを実現しました

そこで4ドアスポーツという提案を行い、それを少しでも理想に近い形で実現して、新たなロータリースポーツを作る決断をして欲しかったわけです。ここで断っておきますが、リーチ氏やミラー氏は、無類のクルマ好きでもありました。だからこそ、ロータリーエンジンに対する理解度も高く、存続出来る道をエンジニア達とともに考えていたのです。

この他にも、当時のアメリカの保険制度では、2ドアのスポーツカーは4ドアよりも保険料が高くなる、ということもピュアスポーツ作りには逆風になったともいわれています。

その走りとは

そうしたせめぎ合いの中で誕生したのが観音開きドアを持ったRX-8だったわけです。当時の開発主査である片渕昇氏に、お話をうかがったときには
「なかには“私が4ドアにしてしまった”という人もいるかもしれませんが、当時の状況では仕方ないですよね」と少し寂しそうに話されていました。ただ「4ドアでも一級品のスポーツカーに仕上がっている自負はあります」と片渕氏はエンジニアとしてのプライドを見せます。

とにかくロータリーを搭載した4ドアスポーツという命題に対する最善策として、短いリアドアを与え、その実用性を上げるために前開きにしたのです。スポーツカーにとって低く、短く、幅広に、というのが理想ですから、ボディサイズの前後長を短くすることは運動性能を上げるために必須条件。それを4ドアでクリアするために、この観音開きという方法論が最良だったわけです。

リアドアの開閉ハンドル。前ドアを開けないと開けられません

こうして片渕氏を始め、多くのエンジニア、そしてマツダの社員の想いを乗せたRX-8によってロータリーエンジンは復活を遂げることになりました。そして2012年までの10年間、RX-8は走り続けてきました。ただし、これ以来、ロータリーエンジンを搭載した乗用車はありません。

では現在のMX-30に話を移しますと、同じクラスのCX-30とボディの前後長が同じです。つまりフリースタイルドアという両開きドアの採用には“前後を短くする”という理由はあまり関係ないように思います。

一方、このクーペスタイルであっても良好な乗降性を実現し、同時にデザイン上の自由度も増していることを考えると、この方式を採用した利点が見えてきます。最初にも話しましたが、センターピラーがありませんから、両ドアを開け放った時の開放感、そして独特の華やかさは、十分に効果的だと思うのです。

リアの乗員は体をひねることなく、前方向に降りることが出来るので、乗降性も良くなっています

なかにはセンターピラーがないことでボディ剛性の低下を懸念する人が多いのも事実です。しかし、実際に走らせてみると、何とも快適な走行性を示してくれ、その懸念も払拭されました。

デザインも違えば、マツダのラインナップの中で、モーターを使った電動車というポジションもMX-30独自のものです。ちゃんとした役割を持って登場したことになるわけですが、最後にもう一点、注目できるのは“ロータリーエンジンの復活は、また観音開きから”ということです。今後、登場する発電用エンジンを積んだレンジエクステンダーには効率のいいロータリーエンジンを採用する予定です。

タイヤを直接回すことはありませんが、発電という役割を、マツダのプライドであるロータリーエンジンが受け持つのです。私はここにマツダらしいロマンを感じるのです。そして今後のピュアEV、そしてレンジエクステンダー、そのデビューがとても楽しみになりました。

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