道路工事で出土、江戸後期の石棺か 対馬・厳原の太平寺墓所

©株式会社長崎新聞社

読経する宮川住職と工事関係者=対馬市厳原町中村

 対馬市厳原町中村の太平寺の一部墓所を掘削して国道を拡幅する工事で石棺墓や集合墓が出土し、宮川長己住職(78)や工事関係者が被葬者の冥福と地域の交通安全を祈った。市文化財課が副葬品の陶磁器や古銭を鑑定し、いずれの墓も江戸後期のものとみられることが分かった。
 境内は国道に面した厳原の旧城下町地域に位置し、歩道が狭く危険であることなどから、県が昨年度から墓所の一部(約460平方メートル)の掘削を地元建設業者に発注。本年度との2期に分け、道路も含めた拡幅工事をしている。
 本年度分(約400平方メートル)の工事を受注しているのは小宮建設で、17日は地下1メートルほどに埋まっていた石棺墓(高さ約95センチ、幅・奥行き各約75センチ)の板石を外して副葬品の水差し状の陶磁器を取り出し、土葬の集合墓から複数体残っていた遺骨や寛永通宝数枚を回収。宮川住職が読経した。
 同社によると、本年度分の工事で17日までに出土した墓は37基(石棺5、甕(かめ)棺30、土葬2)。宮川住職は「骨が残っているものについては、火葬して寺の納骨堂に収めている。これからも地域の安全を見守っていただきたい」と話した。
 同社現場代理人の国分敏幸さん(45)は「愛用していたであろうキセルや櫛(くし)が残っていた墓もあり、遺族の気持ちがしのばれる」と話した。昨年度、工事を担当した榮建設の担当区域でも石棺墓など5基が出土しており、いずれも同様に供養している。