シトロエンGSパラス 憧れのクルマに40年ぶりの再会、乗り心地は?

取材の途中で、ある1台の旧車に出会いました。76年式のシトロエンGSというフランス車です。若かりし頃、一度は乗ってみたいと思ったクルマでもありました。そして試乗する機会を得たのですが、その走りはなんとも衝撃的なものだったのです。


ロングセラーとなった輸入車、シトロエンのGSパラス

まずシトロエンのGSパラスというクルマですが、1970年に大衆が乗る普通車としてデビューしました。そして翌1年にはシトロエンとして初めてGSがヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。当時としては未来的で個性的なスタイルは空力的にも優れ、大きな注目を浴びました。

さらに窒素ガスとLHMオイル(鉱物系の油圧作動油)を使ったサスペンションの「ハイドロニューマチック」が創り出す独特の乗り心地など、多くの技術を投入したことで完成した走りの味わいも、その受賞理由となったわけです。それまで2CVといった小さなクルマと、DSと呼ばれる大型のクルマがメインだったシトロエンでしたが、どちらもすでにデビューから時間が経過していて、鮮度に欠けるモデルばかりでした。その間のクラスを埋める形で登場した最新のGSは、何もなくても注目度は高かったのですが、イヤーカーとなってからはヨーロッパを中心にその注目度はアップし、セールスも好調に推移します。

その後GSは1979年に大きな改良が加えられ、ハッチバックとなると同時に車名もGSAと変わりました。そして1986年まで生産されたのですが、初代から16年にわたるロングセラーとなったわけです。

楚々とした雰囲気が漂うリアスタイルです

日本にも西武自動車販売(現在はありません)によって1972年から輸入が始まりました。当時は輸入車といえばドイツ車やイタリア車やイギリス車などが幅をきかせていました。さらに1975年からはあのスーパーブームに突入します。いくら独創的なメカニズムや空力に優れたボディがあったとしても、そうした強力な輸入車には太刀打ちできなかったわけです。それでもフランス車好きを中心に、輸入車に関心のある人たちから、一定の支持を得ていました。

中でもクルマをファッションアイテムのひとつと考えるような人たちには、けっこうファンがいたように思います。私自身もワーゲンのビートルやゴルフ、ミニ、2台目のフィアットX1/9といった、当時考えていた“乗りたい輸入車”の一角に、シトロエンGSも入っていたのです。いわば憧れ、いえ、そこまで大げさではないのですが、とっても気になっていたクルマの1台でした。実際に手にしたのはミニでしたが、それでもずっと心の中にあった存在です。

数十年ぶりの再会、試乗してみる

そんな恋心を抱いていたクルマと取材先で数十年ぶりの再会です。訪れたのはシトロエンのスペシャルショップ「ジャベル」さん。代表を務める竹村洋一氏は、もちろん筋金入りのシトロエン好きです。ショップでは最新のモデルも扱いますが、GS/GSAを始めとして、名車として人気のDS、CX、SMといったシトロエンのオールドモデルも得意としています。その手掛けた車両の美しさから、ファッション誌などの撮影にも貸し出しを行うこともあります。

そんなショップ内で取材を進めるうちに「GS、試乗してみますか?」という魅惑的なお話が飛び出しました。もちろん断る理由はありませんので、お願いすることに。目の前に現れたのは、竹村さんご自身が、ときどき使用しているという76年式のGSパラス、走行距離3万9千キロという車両でした。西武自動車販売で輸入された正規ものという、希少車だそうです。

外観や細部には年式なりの、使用感は見られますが、そのいい感じに使い込まれた雰囲気が、いまも実用として活躍していることがよく分かります。実際に中身は「つねに走らせているクルマですから、しっかりと整備は行っています」と竹村さん。当然のことでしょう。シトロエンのスペシャルショップでありながら、自分の車が立ち往生しているというのでは、そのお店の沽券に関わるというものです。行き届いた整備によって、日常的にもストレスなく使える車両と説明を受けました。

以前、日本を代表する名車を開発したあるエンジニアさんに「クルマというのは使うべき状況で、しっかり使ってやらないと、かえって壊れるものです。クルマは止まっている時間の長さに比例して壊れやすくなるんです」といわれたことがあります。つまり動かさずに飾ってある、座敷車ほど壊れやすくなると言うことです。それに照らせば、竹村さんから用意して頂いた車両は、毎日快調に走り回っているため、試乗での期待度はどんどん高くなります。

さっそく、上にスライドさせて開けるという独特のドアハンドルを操作してドアを開けました。見るからにソフトさが伝わってくる布シートが現れます。腰を下ろすと「これでちゃんと支えられるのか?」と思うほど頼りなげで柔らかなシートなんですが、不思議なことに体にはピタリとフィットし、そしてしっかりと支えてくれるのです。

見るからにソフトで座り心地の良さそうなシートは体をしっかりと支えてくれます

目の前には、こんなにシンプルでエレガントなメーターパネルは他にあるだろうか? と思えるほど美しい景色が広がります。ボビンメーターと呼ばれる美しい速度メーターが、本当に魅力的です。そんなインテリアを眺めながらキーをひねると1.2Lの空冷水平対向4気筒エンジンは一発で目覚めました。でもそのサウンドはゴロゴロゴロという感じでなんとも頼りないサウンドを発します。

シンプルですが上品さと華やかさを感じさせてくれるメーターパネル

ふんわりとスタートし、大柄なボディを走らせる

軽いタッチでのクラッチを踏み込んで1速にシフトレバーを運ぶと、拍子抜けするほど簡単に入ります。いよいよスタートです。ほとんど気むずかしさを感じることなくクラッチは繋がり、クルマはスタートしました。

一瞬、クルマ全体が浮き上がるような感じで、ふんわりとスタートします。普通ならスタート時に後ろが沈み込むようになるはずですが、GSにはその感じがないのです。あくまでもふんわりと浮き上がり、フラットであろうとします。そのままシフトアップしていくのですが、そのフラット感が続いていきます。魔法の絨毯には乗ったことはありませんが、もし実際に乗ったらこんな感じなのだろうか、と思えるような乗り心地なのです。路面のうねりがあっても、細かな凸凹があっても、どんな路面でも涼しい顔で駆け抜けます。

ステアリングも独特で、この位置が直進の状態です

次にコーナーですが、これだけフワッとしているとコーナーではかなり外側に傾くだろう、と思うのですが、これがまた違うのです。交差点でも曲がりくねったコーナーでもボディはやはりフラットを保とうとしっかりと粘ります。同時に、このシートのフィット感はどうでしょう。見た目は頼りなげだったシートは不思議なぐらいによく体を支えてくれますから、不安や疲労感がないのです。

そしてシフトのフィーリングも心地よく、シフトアップのシフトダウンもピタピタっと決まるのです。わずか1.2L、60馬力のエンジンですが、しっかりと回転が上昇するので、物足りなさもありません。それに大柄のボディを時速145キロまで引っ張ります。

か細いウインカー&ホーンスイッチ、ワイパーの作動レバーですが、操作性は悪くありません

フランス車というのは本来、小さなエンジンをガンガン回しながら大きなボディを走らせるという伝統のようなものがあるのですが、そんな使い方に対してもGSはレスポンスよく応えてくれます。そのお陰もあるのでしょうか、ハイオク仕様で市街地では10.0km/Lぐらいの燃費だそうです。もう一点、ブレーキもちょっぴり癖があります。ブレーキペダルは踏み込むと、途中で板があるかのように、ガツンと踏み込めなくなる感じです。ちょっと独特のフィーリングなのですが、そこからの力加減でしっかりと微調整も出来ますし、制動も可能ですし、慣れてくるとまったく気になりません。


こうして、昔好きだった女の子と久し振りの逢瀬を楽しむような試乗は無事に終わりました。旧いクルマに乗る時は意外とストレスを感じるものですが、今回はほとんど疲労感がありません。いえ、あまりの快適な乗り心地とヒラリヒラリといった感じのドライブフィールに、改めて感動している自分を見つけました。ACC(アダプティブクルーズコントロール)やぶつからないブレーキといった安全装置なんかとは無縁ですが、一方で現在のクルマが忘れた“雰囲気”をたっぷりと持っていることも再確認できました。

このクルマを実際に販売する場合は、ごくごく普通に走れるようするため整備をしたり、エアコンを装備したりと実用性や快適性を向上させるそうです。結果として250万円ほどになるそうです。最近の国産コンパクト並みです。どうしましょう、多少苦労することを覚悟の上で本当に欲しくなってきました。とっても危険な状況です。

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