教皇来崎から1年

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 思い出すのは爆心地で目を閉じ、深い祈りをささげる姿だ。ローマ教皇フランシスコが長崎市を訪れてから、きょうで1年になる▲その日は朝から暗雲が垂れ込め、激しい雷雨となった。高齢の教皇にはこたえるだろうと心配した。だが、午後になると晴れ渡り、野球場で執り行われたミサに暖かな日差しが降り注いだ▲デジャビュ(既視感)を覚えた人もいるだろう。1981年2月、教皇ヨハネ・パウロ2世が長崎市に来た時も大雪だった。陸上競技場で開かれた歓迎集会で、教皇が着座した途端に晴れ間がのぞき、まばゆい光が差し込んだ、と出席した人に聞いた▲「核兵器のない世界は可能であり必要」。核軍縮の流れが停滞する中、フランシスコの真っすぐなメッセージは雲間から差し込む一筋の光のようだった。「励まされた」「希望を取り戻した」と語る被爆者は多い▲流れは変わりつつある。核兵器の役割拡大を進めたトランプ米大統領は間もなく退場する。被爆地の願いを体現した核兵器禁止条約は来年1月の発効が決まった。爆心地の教皇メッセージが転換点になった、と後世に評価されることを願う▲「平和な世界の理想を実現するには全ての人の参加が必要です」。教皇の言葉を、あらためてかみしめる。理想があるから、人は前へ進む。(潤)