EXIT兼近さんの言葉に背中押され…。男子高校生130人が「世界平和」について考えてみた

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私は東京にある私立の中高一貫校・日本学園で教員をしています。東京でも今や希少になった男子校で、普段は現代文や古典を教えています。

この記事では、新型コロナウイルス感染症の影響で、例年とは全く違う学校生活を余儀なくされた高校1年の総勢130名の男子生徒たちと試行錯誤の中で取り組んだ、とある実験的な試みについて紹介します。

先に結論めいたことを書いてしまうのですが、多くの高校生にとって、このコロナ禍は、人生でおそらく初めて、社会問題の”当事者”になる経験であったのではないか、と私は感じています。

ニュースを見ることも増えたでしょう。そこで報道される「政治」と自分の関わりなど、これまでならスルーしてきたことが「自分ごと」になったのが新型コロナでした。

私たち教員はこの変化を捉え、新しい教育をしていかなければなりません。

これから紹介する「授業」は、そうした決意を新たにさせたとともに、私たち教員に、前向きで、チャレンジングな宿題を残しました。

EXIT兼近大樹さんが語った「教育の本質」に触発されて…

さて、本校の特色の一つに、いわゆる「受験知」と呼ばれるものではなく、生徒が自ら考え、創造したものを他者に向けて発信することを目指す「創発学」という独自のカリキュラムがあります。私はそのプログラムを企画・運営するチームのリーダーを務めています。

3月から5月までの「ステイホーム期間」を経て、迎えた新学期。「創発学」で取り組んだプログラムのタイトルは「世界平和のために私は何ができる?」です。

きっかけは、Facebookでたまたま見かけた投稿。6月に国連広報センターとネットメディア「ハフポスト日本版」が配信した「ハフポストLIVE 世界平和のために私は何ができる?」のアーカイブ動画に出会ったのです。

番組では、コロナ禍による社会の変化や「お笑い業界」の変化について、あるいは「貧困」や「ジェンダー」などの社会問題について、EXIT兼近さんやブルゾンちえみ改め藤原しおりさんが笑いも交えつつ、真剣な意見を述べます。

「他人をいじる笑いはもう古いのではないか?」など若い世代ならではの意見は新鮮でしたし、メディアに身を置くタレントである以前に、社会の一員として様々な問題についてとらえ、考えていこうとする2人の真摯な姿勢は印象的でした。

国連広報センター長の根本かおるさんとSDGsについて語りあうシーンで、兼近さんが「教育の大切さ」について言及していたのには、その場に身を置く一員として深く考えさせられました。“教育によって人は、格差の間にある「ガラスの天井」を行き来することができる、その可能性を理解させ、その方法を教えるのが教育の役割ではないか”、という兼近さんの意見は、重く響きました。

そして番組では最後に、それぞれが考えた「世界平和のために私ができること」について意見を述べていました。

視聴後、すぐにこの動画を「創発学」の授業で活用したいと考えました。コロナをきっかけに「社会問題の当事者」となった彼らにとって、今こそふさわしいテーマだと思ったのです。

(ほとんど直感ですが、教育の重要性について述べた兼近さんへ何らかの形でアンサーしたいという気持ちもどこかにあったのは事実です)

ホンモノは絶大な力を発揮します。LIVEの中で兼近さんや藤原さんが使用してた「フリップ」と同じデザインのものを生徒が使って自分の考えを表現できたら、気持ちもがぜん盛り上がると考えました。そこで、ハフポスト日本版のウェブサイトで問い合わせ先をチェックし、ともかく要望だけを書きつらね、どの部署に送付したら良いのかも分からぬまま、メールをさせていだだきました。

「女」?それとも「女性」?男子校でジェンダーについて語り合う。

まず高校1年生の各クラスで番組の動画を視聴し、グループディスカッションをしました。

あるクラスでは、LIVEで取り上げられていたジェンダー格差について、「オンナ」と呼ぶことと「女性」と称することの感じ方の違いについて生徒と議論したそうです。

「オンナ」という言葉に、どこか蔑視しているイメージがあることに気付いた生徒、また「女性」を「オンナ」と呼ぶことと「外国人」を「外人」と呼ぶ違和感は似ていると発言した生徒もいました。

LGBTをはじめ性的マイノリティについて、生徒の知らない知識を補足説明しながら授業を進める先生もいました。本校は男子校でもあり、このような学びはとても大切だと考えます。

さらに、SDGsの17の目標のうち、自分が一番興味があるものを提示し、その理由をグループで共有するという活動を行いました。生徒たちが多く取り上げていたものは貧困、格差、環境問題に関するものでした。

不思議なことに、こんな風に各自の考えを共有していくと、世界や社会についてみんなで話すということへの「こわばり」や「抵抗」がなくなっていくようでした。皆がそういうことをいたって真面目に話す。そうすると、「こういう話を積極的に話して良いのだ」という気になってくるのが面白いところです。今まで本校の高校生にはなかなか簡単にはできないことでした。

コロナ禍で高校生が「世界平和の当事者」になっていた

そして最後は、このプログラムの集大成です。

「世界平和について私は何ができる?」という問いについて、兼近さんや藤原さんと同様にそれぞれが考えたアクションをフリップに書き、グループで練習し、クラスメイトの前で発表しました。

全員が自分の考えたアクションをその理由も含めて堂々と語ったのは、正直驚きました。

やはり、兼近さんや藤原さんの等身大の姿に触れたことが、「世界平和について」というある種、深遠なテーマについて発信することを後押ししたのだと思います。

スマホゲームやYouTubeの世界観から一歩を踏み出し、社会や世界へ目を向け始めた生徒の変化の芽が十分に感じ取れました。

生徒たちがフリップに書いたアクション、「世界平和のためにできること」をいくつか挙げておきます。

・若い世代が政治に積極的になることで世界を変えていく。

・知らないことを恐れずに知ることから始める。

・”人対人”、”国対国”より”人と人”、”国と国”

・他人の事でも自分のこととして考える。

・白も黒もない、男も女もない、全てが自由。

・皆が皆同じでないことを理解する!!

・目に見えない所にまで光を当てる。

・目の前の困っている人を助ける!!

・植物を育てる!

・なるべくエアコンを使わないようにする。

・身の周りの食品廃棄をできるだけ削減する。

・悪口を言わない。

・積極性を養おう。

・身近の人を大切にする。

・高齢者に優しくする。

・昨日の自分より少しでも優しい自分になろう。

・フェアトレード商品などを買う。

・今世界で起きている貧困を学び、周りの人に伝える。

などなど。

スローガン的なものも多く見られましたが、かなり具体的なアクションも見られました。

・貧しい生活から1人でも多く、豊かな生活を送って貰えるよう、コンビニなどにある募金箱に1円でも多くお金を入れる。

・飢餓をなくすためにユニセフ募金などをする。

これも、以前とは世界の見え方が変わったがゆえに出てきた意見でしょう。同時に、個人的には「次への宿題」をもらったとも感じています。

公益財団法人「日本財団」が欧米アジア9カ国の17〜19歳を対象に行った『国や社会に対する意識調査』(2019年11月30日)によれば、日本の若者は「自分で国や社会を変えられると思う」(18.3%)、「自分の国に解決したい社会課題がある」(46.4%)、「社会課題について、家族や友人など周りの人と積極的に議論している」(27.2%)という項目に対して肯定する回答率が9カ国の中で最も低いという結果だったそうです。

募金により「誰かに」アクションを委ねるという思考からさらに一歩進めて、募金箱の向こうで起きていることに想像を働かせたり、自らのアクションが世界につながっているのだと実感できるような取り組みが「創発学」、ひいてはコロナ後の教育には求められているのだと再認識しました。

リモートや家庭学習では決してできない、「学校」の価値とは。

プログラムを通じて改めて私自身が痛感したのは、自分と違う意見を持っているかもしれない他者と対話をすることの大切さです。

「世界平和のためにできること」の具体的なアクションは、どれも他者へのまなざしに根ざしていました。生徒たちが他者との「相対化」よりも「共感」や「連帯」を志向していることが感じられました。

授業後のクラス担任の感想では、このようなディスカッションをすると、これまでは「自分はこういう意見だ」と最後まで他者との違いにこだわる生徒が多く見られたのですが、今回は相手の意見を尊重した上で自分の意見を述べるという傾向が見られたとのことです。

今後はそれをさらに進め、立場や思いが異なる人々の意見を調整したり調和させたりしていく力をつけることが、「世界平和」のための課題です。

リモートや家庭学習では決してできない、学校が生徒に提供できるものは何か。

それは他者の間に身を置き、自分ではない存在との関わりの中で学ぶこと、その中でお互いを取り替えのできない存在と感じる経験を重ねることだと思います。

最後に、生徒が書いた授業の感想の中から、印象的だった回答を一部紹介し、大人に投げかけられた、明日からの”宿題”につなげたいと考えています。

・この授業が始まる前は世界平和や世界について興味や関心がなく、この授業から考え始めました。世界平和のためにできることについて、僕は貧困で困っている人々に何が必要なのかを考えることが大事だと思っていました。しかしクラスメイトの発表を聞いてから考え方が少し変わりました。何が必要なのかを考えるのは後で、自分に何ができるのかを考えるのが大事だと思うようになりました。

・発表する前は世界が平和になるには大きな事をしないといけないと思っていたけど、みんなの発表を聞いてみると、大きい事じゃなくて身の回りの小さな事から変えていこうとしていて、それを聞いた時に、やっぱり自分ができることは身の回りの小さな問題を解決し、そこから大きな問題を解決できるような人になることだと思います。

(文:伊藤悟史/ 企画・編集:南 麻理江)