GT500タイトル争いの行方。自力チャンピオン獲得の可能性を持っているマシンが6台もいる超激戦

 日本のレース界において名匠のひとりでもあるトムスの東條力エンジニアは、スーパーGTでチャンピオンになる条件のひとつに「いつも上にいること」を挙げている。「浮き沈みが激しく、たまに上に来るようではダメ」というのだ。

 もちろんウエイトハンデが増えればそれなりに沈む。だが、似たようなハンデ同士のなかでは上にいることが必要なのだ。レースは水ものであり、不測の事態は必ず起きる。

 大なり小なりピンチに遭遇しても、這い上がって来られるだけの底力を備えていること。それはドライバーだけでなく、タイヤ、マシン、チーム、さらにはメーカーに必要な能力である。

 そういう意味では、今回の第7戦もてぎを終えてランキングトップに並んだ2台は、地力を備えた強いチームと言える。このレースウイーク中、2台には何度もピンチが訪れていた。

 そもそもKeePer TOM’S GRスープラは、戦う前からニック・キャシディという大きな歯車を失った。本来ならば“今季絶望級”の大ピンチである。代わりに山下健太を起用したが、今季スポットでDENSO KOBELCO SARD GRスープラをドライブしてはいるものの、ほぼぶっつけ本番。

 平川亮との相性も未知数であり、いくら昨年のチャンピオンとはいえキャシディが抜けた穴を完全に埋められるほど、いまのスーパーGTは甘くない。重大な局面で任された山下にとっても、プレッシャーの大きさは計り知れない。

 その不安がかたちとして表れてしまったのが予選だ。Q1を担当した山下だったが、Q2進出を果たせなかったのだ。その理由を、相棒の平川は次のように語った。

「まずクルマのセットアップで新しいことを試したけど、それがいまひとつだったこと。あと想定以上にホンダ勢が速かったこと」

 山下のアタックをピットで見守っていた平川は、セクター1のタイムを見て厳しいことを悟り、セクター2で確信したという。抜きにくいもてぎで13番手からのスタート。後ろには2台しかいない状態で、平川も「挽回は難しい」と感じていた。

 一方、KEIHIN NSX-GTも、同じようにQ1で敗退して10番手となっていた。ただしこちらは、内容は良かった。「クルマも良くて、自分のアタックも悪くなかったのになんで?」と、ベルトラン・バゲットは首をひねるが、マシンには45㎏のウエイトを積んでいる。

 前回の第4戦では今回とほぼ同じ46㎏のウエイトを積んでフロントロウを獲得したが、あれはセミウエット路面のなかでの技ありのグリッド。ドライ路面でのアタックならば、妥当なポジションと言えた。

 不満を口にするバゲットに対し、「じゃあ決勝に向けてクルマいじるか?」と田坂泰啓エンジニアが聞くと、答えは「ノー」。塚越広大も、「第4戦のときの予選が今回のようなドライだったらポジションは悪かったと思う。でもクルマのバランスは前回同様に良くて、強いレースができると思う」と語っていた。

 地力に勝る2台は、翌日の決勝では見事にリカバリーしてみせる。ただし、それはさらに降りかかる難局をクリアしてのもの。平川がレースを振り返る。

「決勝に向けて調整した部分が悪かったのか、スタートしてからずっとエンジンがよく回っていなかった。でも、ヤマケンは予選のぶんを挽回してくれて、それで自分もモチベーションが上がった。ピットインのタイミングはあまりよくはなかったと思うけど、自分はアウトラップで順位を上げることができた」

「久々に“レース”ができて、楽しかったですね。6位という結果に終わった瞬間は、チャンピオンはきついかなと思ったけど、意外と大丈夫なところは驚いています」

 終わってみれば、GRスープラ勢最上位。一度はあきらめかけたチャンピオンを再び狙える位置に軌道修正でき、平川は最終戦富士に向けて再び闘志を燃やしている。

 そのKeePer TOM’S GRスープラの前でゴールしたのがKEIHIN NSX-GTだ。こちらも小さな壁を乗り越えて6ポイントを獲得している。まず前半を担当したバゲットが、混乱のなかで左右のラテラルダクトを破損してしまい、マシンバランスがオーバーになってしまった。

 そのためか、ZENT GRスープラにフタをされるかたちで周回を重ねることに。また、給油リグがうまく刺さらず、ピット作業で約5秒もロスしてしまった。さらに後半はMOTUL AUTECH GT-Rにもフタをされ、これをパスするのに時間を要した。

 後半担当の塚越が乗る前に、バゲットからの「オーバー」という連絡を受けてリヤタイヤの内圧をアジャストしたものの、それだけでは足りなかった。

 だが、これらの手負いの状態でも、ラップタイムはNSX勢のなかでも遜色なく、仮に無傷のままならばトップ争いも可能だっただろう。たとえ空力パーツが飛んでも、メカニカルグリップというマシンの“地力”が備わっているからこそのリカバリーである。

2020年スーパーGT第7戦もてぎ KeePer TOM’S GR Supra(平川亮/山下健太)

■3メーカーの開発力が問われる最終戦。ホンダNSX-GTは燃費に自信あり

 今季のタイトル争いは、全戦ポイント獲得マシンが1台もなく、例年よりも低いポイントでの戦いとなっている。そのため、最終戦での自力チャンピオン可能マシンが6台という超激戦だ。

 その舞台となる富士では、エンジン性能が重要なカギを握る。これまではマージンを確保してリスクマネジメントをして戦ってきたものを、最後の1戦で“使いきる”ことになる。温存ぶんが解放され、本当のエンジンパフォーマンスを発揮して前に行くのはどのメーカーなのか。

 また、エンジン性能のなかで燃費は大事な要素のひとつだが、今回とあるメーカーのチームからこんなセリフが聞こえてきた。

「8号車が入ったのは23周目でしょ? あれは絶対無理。ウチのウインドウが開くのはその3周あとの26周目だもん」

 つまりARTA NSX-GTと同じ周に入って満タンにしても、ゴール前にガス欠になってしまうということだ。好燃費のNSXは、それだけ戦略の幅が広くなる。先にNSXが入り、その数周後に他社のマシンが入ろうとした矢先にセーフティカーが導入されたら、それでレースは決まってしまう。

 今回、仮にARTA NSX-GTと同時にKEIHIN NSX-GTもピットに入っていたら、シリーズの大方が決まってしまっていた可能性が高いことを考えると、無視しづらいポイントでもある。

 ホンダはもともと「燃費には自信あり」と公言しており、使用回転域も他メーカーより低いと見られている。燃費を良くする方法としては、ホンダのように低回転側に振って燃料噴射回数を減らす方法があるが、あえて燃費ぶんを出力向上に振るという方向性もありだ。

 果たしてライバルは、最終戦までの3週間でどう仕上げてくるのか。ここでもメーカーの開発の地力が問われることになる。

 ちなみにゼロウエイトで戦った開幕戦は、GRスープラの上位5台独占だったが、じつはKEIHIN NSX-GTはそのあいだに唯一割って入り、4番手走行中にトラブルでストップしている。しかし、優勝したのはKeePer TOM’S GRスープラだ。

「富士ではこっちが有利なのは間違いない。でも気温が下がってくるとホンダのエンジン性能が上がってくる傾向があるので、少し怖いなとも思う」

 そう語る平川。燃費に関しても「明らかに向こうのほうが良い」と語り、警戒しつつも「富士は得意」と言う。その言葉を、KEIHIN NSX-GTはじめ、チャンピオン候補のARTA NSX-GT、RAYBRIG NSX-GTはどう思うのだろうか。

2020年スーパーGT第7戦もてぎ MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ)
2020年スーパーGT第7戦もてぎ RAYBRIG NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐)
2020年スーパーGT第7戦もてぎ ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺
2020年スーパーGT第7戦もてぎ WAKO’S 4CR GR Supra(大嶋和也/坪井翔)

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