統一地方選挙と違う時期の選挙がなぜ多いのか?地方選挙の歴史と問題点を考える (歴史家・評論家 八幡和郎)

日本国憲法の施行を控えた1947年の4月には、衆参両院の選挙、すべての地方首長と地方議員の選挙が一斉に行われた。5月3日の新憲法施行のときに、憲法が要求する資格を満たした議員や首長がそろっていないと何かと面倒で権力の空白が生じかねなかったからだ。

そこで、4月5日に地方の知事、市町村長、20日に参議院、25日に衆議院、30日に都道府県会議員と市町村区会議員の選挙が立てつづけに行われた。

政治家を志望する人々は、どの選挙に出るか悩んだらしいが、一部では候補者不足も生じたという。半分ほどの都府県で官選知事が実質、横滑りしたのはそれが原因でもあった。

これが第一回の統一地方選挙である。それまで官選で主として内務官僚で占められていた知事を、民選で選ばなくてはならないと日本国憲法で決めたので、先行的に知事公選を実施しようということになったのである。

そこで選ばれた知事は、4月21日に旧制度のもとでの知事になった。このとき、あまり知られていないが、東京と北海道は知事でなく長官という名称だった。

そして、5月3日に新しい憲法と地方自治法が施行されて、米軍施政下にあった沖縄県を除く46都道府県すべてに新制度のもとでの知事が誕生したのである。

それから、70年の歳月が経過して、知事の途中辞任、解任、死亡などがあり、だんだん、統一地方選挙とは違う時期に知事選挙が行われることが多くなっている。昭和30年代あたりまでは、現職知事が突然に任期途中で辞任して、反対派が準備できていないのを衝き、自身の再選や意中の後継者を押し上げるのに有利なようにしたケースも多かった。

また、国政に鞍替えするために、総選挙や参議院選挙の直前になって辞任するケースも多い。

そんなことで、2019年の統一地方選挙では、北海道、神奈川、福井、三重、奈良、大阪、徳島、鳥取、島根、福岡、大分のわずか11の道府県だけで知事選挙が行われた。このうち奈良では、時期がずれていたこともあるが、前知事が統一地方選挙と一緒になるように辞任時期を調整した。

また、大阪府知事選挙は、横山ノックの不祥事による辞任により時期がずれたが、2019年統一地方選挙時に、松井が知事から市長に、吉村が市長から知事に交代したので統一地方選挙に行われることに統一された。

もっとも多くの割合が統一地方選挙で行われるのは、都道府県議会議員で、東京、茨城、沖縄、岩手、宮城、福島が例外となっている。このうち、東京と茨城は不祥事による議会解散、沖縄は本土復帰のときに最初の選挙を行ったため、そして岩手、宮城、福島は東日本大震災による延期がゆえに統一地方選挙と時期がずれた。

市町村長の場合はわずか10%ほど、市町村議会だと40%ほどが統一地方選挙として行われる。市町村では編入(吸収)合併だと時期はずれないが、新設(対等)合併だと新たに首長や市長を選ぶことになる。それに加えて、議会の解散とか首長の辞任、死亡などでも同様だ。

このように地方選挙がバラバラの時期に行われるのは、世界的にみても異例である。また、市町村合併の時など残存任期が違うと調整が難しい。

私はやはり、統一地方選挙に戻すのが好ましいと思う。方法としては、いちばんシンプルなのは、統一地方選挙のときに、残存任期が2年未満だったら前倒しで選挙を実施する。2年以上だったら次期の地方選挙のときまで任期延長してしまうということだ。

それがドラスティックに過ぎるなら、2期にわけて調整するかだ。たとえば、3年任期ないし5年任期を2回繰り返して調整することだ。また、市町村の合併は、統一地方選挙のときに限定するのも一考だ。

首長については、首長が途中で辞任したときも、残存任期が2年以上だったら、新たな首長の任期は残存期間のみ、2年未満だったら次の次の統一地方選挙までを任期にするとか、1年未満の場合は副知事や助役を暫定首長にしても良いと思う。

 
統一地方選挙の歴史(当選者は近接時期の選挙によるものを含む) 

【1】1947 吉田内閣 東京都は安井、大阪は赤間、北海道は一般職員の田中が当選。 京都で蜷川革新府政始まる(50)

【2】1951 吉田内閣 愛知県で公職追放を解除された桑原が当選。法定得票に達する候補がいない場合に決選投票から再選挙に変更(52)

【3】1955 鳩山内閣   このころ昭和の市町村合併が進む

【4】1959 岸内閣 東京で東、大阪で左藤、北海道は町村、福岡で鵜崎。石川で全国最長となる中西県政始まる(63)

【5】1963 池田内閣 愛媛で久松定武が三選されるがのちに当選無効(63)東京都議会解散(65)

【6】1967 佐藤内閣 東京で美濃部。福岡で亀井。革新自治体ブーム始まる。茨城県議会が汚職で解散(67)

【7】1971 佐藤内閣 大阪で黒田。北海道で道垣内。沖縄で初の知事選(72)滋賀で武村正義が全野党共闘で当選(74)

【8】1975 三木内閣 神奈川で長洲。愛知で仲谷。福島で木村守江が逮捕(76)京都で革新府政が終わる(78)

【9】1979 大平内閣 東京で鈴木。大阪で岸。京都で蜷川から林田へ(78)大分で平松県政始まる(79)

【10】1983 中曽根内閣 北海道で横路。名古屋で鈴木。福岡で奥田。このころ保革で相乗り選挙多くなる

【11】1987 中曽根内閣 沖縄で大田政秀が革新県政(90)

【12】1991 海部内閣 大阪は中川。高知で橋本大二郎が当選(91)細川護煕が首相に(93)

【13】1995 村山内閣 東京は青島。大阪は山田(横山ノック)。福岡は麻生。
沖縄で稲嶺恵一が保守県政に奪回(98)

【14】1999 小渕内閣 東京は石原。愛知は神田。大阪で初の女性知事誕生。長野で田中康夫当選(00)

【15】2003 小泉内閣 大阪は太田。北海道は高橋。神奈川は松沢。
徳島で二年足らずで三回目の知事選挙(03)福島・和歌山・宮崎で知事が逮捕(06)

【16】2007 安倍内閣 前年1月の宮崎では東国原英夫。大阪は2008年に橋下。

【17】2011 菅直人内閣 東日本大震災のために東北三県で延期。福岡は小川。
大阪で橋下知事が市長。松井が知事に(11) 2012年に東京で石原辞任、猪瀬が知事に。

【18】2015 安倍内閣 大阪市長に吉村。東京で2014年に舛添、2014年に小池に。
【19】2019 安倍内閣 大阪で松井知事辞任市長に鞍替えで吉村が知事に

なお、公選制度が始まったころは、知事も市町村長も有効得票の8分の3が法定得票数で、それに達する候補者がいないと、決選投票ということになっていた。とくに、第1回の統一地方選挙では候補乱立が多く、8都道府県で決戦になって、和歌山のように1位の候補者が2位の候補者に逆転されたところもあった。

だが、第2回の統一地方選挙では、わずか3県になり、ほとんどの場合は、1位候補者が決戦も制するということになったので、決選投票の制度は廃止された。

それとともに、法定得票は4分の1に引き下げられ、誰もそれにも達しないときは、まったくのやり直し選挙になった。知事選挙では、1999年の東京都知事選挙で、有力候補者が乱立し、もしや再選挙といわれたが、石原慎太郎が30.5パーセントを獲得したのでその事態にはならなかった。

一方、市町村選挙では、2003年の札幌市長選挙が、やり直し選挙となってみんな迷惑した。

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