「ディエゴは永遠」「泣ける」「天国で一緒にプレーを」 神の子マラドーナの死を世界が追悼

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サッカー界の伝説、ディエゴ・マラドーナ(60)が11月25日、死去した。

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左:全盛期の1986年、W杯決勝戦に臨むマラドーナ。右:2010年W杯ではアルゼンチン代表監督として出場した。

「神の子」「天才」「神童」。様々な異名をとった60歳の若すぎる死に、世界に衝撃が走っている。

「天国で一緒にプレーしよう」。サッカーの王様、ブラジルのペレ

「何という悲しい知らせだ。私は素晴らしい友人を、世界はサッカーの伝説を失った。いつか天国で、一緒にサッカーをしたい」

サッカー好きの間ではしばしば、史上最高のサッカー選手はペレか、マラドーナかと議論になる。

そのペレは80歳。20歳下のマラドーナの死を悼んだ。マラドーナは現役時代から薬物問題などを抱え、長く健康が懸念されていた。

多くの人々からマラドーナの後継者と目されてきたメッシ

2007年に19歳で決めた「5人抜きゴール」で注目を集めたメッシ。

小柄でバネのある体格と、俊敏で切れのあるプレースタイル、そして「5人抜き」で、マラドーナの後継者とも呼ばれてきた。

「何度もマネした」。川崎を2020年J1優勝に導いて引退を決めた中村憲剛

憲剛が繰り返し見た、1986年の五人抜きゴール。

1986年W杯のイングランド戦で、まだどーなはたった1人でキーパーを含めた5人の選手を抜き去ってシュートを決めた。

この場面は今も、「W杯史上最高のゴール」という評価をほしいままにしている。

この試合では、ハンドをごまかしてゴールを決めた「神の手ゴール」という、もう一つの伝説も生まれた。

文句の付けようのないプレーの素晴らしさと、ある種のダーティーさを併せ持つこと自体が、マラドーナの魅力でもあった。

そして、マラドーナ率いるアルゼンチンが優勝した1986年W杯は「マラドーナの、マラドーナによる、マラドーナのための大会」とまでいわれた。

「神の手」ゴールの瞬間

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元日本代表監督で、マラドーナとは同時代にプレーしたライバルだったジーコ

「私たちの自分たちの世代で最も偉大な選手を悼む。素晴らしい友人であり、一緒にプレーする喜びを与えてくれた。ディエゴ、サッカーと私たち友情のため、あなたがしてくれたすべてのことに感謝する。安らかに眠ってください」

「偉大な好敵手」。マラドーナがイタリア・セリエAでプレーした時代のライバルチーム・インテル

全盛期の1984−91年に在籍したナポリ。黒地に「マラドーナを見た」という、当時の応援チャントの言葉を固定ツイートにして悼んだ。

ナポリ市長は、本拠地サン・パオロ・スタジアムの名をマラドーナにちなんだものにしようと提案している。

マラドーナの輝きは、これからも語り継がれる。

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(敬称略)