加速する世界のグリーン政策、なぜ菅首相は2050年までの脱炭素化を表明したのか?

11月21~22日に開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議において、気候変動問題が議題としてあげられました。

菅首相は、関連イベントでのビデオメッセージにおいて、革新的なイノベーションを通じて、2050年までの脱炭素社会の実現を目指すとともに、国際社会を主導していく方針を表明し、脱炭素化目標の「国際公約」としての位置づけを明確にしました。

10月下旬の所信表明演説において、温室効果ガス(以下、GHG)の排出削減目標を大幅に引き上げた菅首相ですが、今回の軌道修正の背景には、(1)国際的な削減目標引き上げの潮流と、それに伴う(2)各国の取り組みの加速があるとみられます。


国際的な削減目標引き上げの潮流

各国が掲げる削減目標の根拠となっているのは、2015年の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定です。

パリ協定は、京都議定書に代わる、2020年以降のGHG排出削減等のための国際的な枠組みで、全ての参加国に対して削減目標を5年ごとに更新・提出することを義務付けています。また、この協定によって、世界の平均気温の上昇を産業革命以前と比べ2℃より十分下回る水準に抑制し、かつ1.5℃以下に抑える努力を追及するという、長期目標が国際的に共有されました。

しかし、その後、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2018年に公表した「1.5℃特別報告書」において、平均気温の上昇を2℃以内に抑えるケース(2℃目標)では、平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えるケース(1.5℃目標)と比較し、気候変動による悪影響が甚大になるとの予測が示されました。

また、平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えるためには、CO₂の排出量を2050年までに正味ゼロとする必要があることが示唆されました。その後、多くの国や地域、企業等が、2050年までの脱炭素化を目標として掲げるようになり、現在では国際的なコンセンサスへとなりつつあります。

主要国における取り組みの加速

こうした削減目標の厳格化へと向かう国際的な潮流を背景に、各国は目標実現に向けた取り組みを加速させています。

気候変動を巡る取り組みが特に進んでいるのは欧州連合(以下、EU)です。2019年12月に、欧州委員会の委員長に就任したフォンデアライエン欧州委員長は、就任直後に2050年までの脱炭素化を達成することを目的とした「欧州グリーンディール」という成長戦略を発表しました。

「欧州グリーンディール」には様々な行動計画が盛り込まれていますが、中でも注目されるのが「炭素国境調整メカニズム」の導入です。「炭素国境調整メカニズム」とは、EU域外からの輸入品が、EUと同等のGHG排出規制を遵守せずに生産されていた場合、輸入時に関税を課す仕組みです。

この仕組みを導入することで、炭素リーケージ(規制の厳格化を受け、企業が生産拠点をEU域内から、より規制が緩やかな域外へと移してしまい、世界全体のGHG排出量は減少しないこと)の防止効果が期待されます。

現時点では、導入に向けた議論が進んでいる最中ですが、実際に導入された場合、日本企業を含めた、EUに輸出する企業への影響は免れないとみられます。他にもEUは、2050年までの脱炭素化に法的裏付けを持たせる「欧州気候法」や、サステナブルな産業活動を定義する「EUタクソノミー」の導入など、削減目標の実現可能性を高めるために野心的な取り組みを推進しています。

また、今後、気候変動政策を積極化させると予想されるのが米国です。11月に行われた大統領選では、民主党のバイデン氏が共和党のトランプ大統領を破り、次期大統領への就任を確実としました。

トランプ政権時にパリ協定から離脱した米国ですが、バイデン氏は大統領就任初日に協定へ復帰することを表明しております。また、バイデン氏は大統領選の公約において、2050年までにネットゼロエミッションを実現することを目標に掲げ、その施策の一つとして欧州の「炭素国境調整メカニズム」に近い国境調整措置の導入を挙げています。

加えて、就任100日以内に「気候世界サミット」という首脳会合を開催し、各国に対して削減目標の引き上げを直接要求する方針を示しています。今後、気候変動分野において米国がEUと共に主導的役割を担うことになるとみられ、日本に対する気候変動対策強化の国際的な圧力が高まる可能性があります。

2021年は気候変動対策を巡る議論が一段と進展する見通し

2021年11月には、第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)を控え、各国が気候変動に関する取り組みを一段と進展させる見通しです。今年9月の国連総会で、2060年までの脱炭素化を目標に掲げる方針を表明した中国では、来年春の全国人民代表大会において目標実現に向けた具体策が明らかになるとみられます。

また、米国では、上述のバイデン次期大統領が主催する「気候世界サミット」が4月までに開催される見通しであるほか、EUでは「炭素国境調整メカニズム」の具体案が明らかとなり、2021年4~6月期中に正式に採択される予定です。

こうした中、気候変動を巡る規制及び制度の枠組みの国際的な基準が形成される前に、日本も積極的に議論へ加わっていくことが重要とみられます。

<文:エコノミスト 枝村嘉仁>
<写真:新華社/アフロ>

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