『標本バカ』川田伸一郎著 動物の死体と向き合う日常

 この本に書かれている事実を99%以上の人は知らないと思う。交通事故に遭うニホンイタチの9割はオスだとか、モグラの頭骨から脳をかき出すには耳かきが便利だとか、専門的というかマニアックというか。ではそうしたトリビアルな話がつまらないかというと、これが相当面白い。

 著者は「モグラ博士」として知られる動物学者で、茨城県つくば市にある国立科学博物館の研究施設で日々、哺乳類の標本の収集・作製に当たっている。そんな動物の死体と向き合う日常を記したここ8年分の雑誌連載コラムから77編を収めた。

 自然史博物館に欠かせない標本の作製には立派な学術的目的があるが、その裏側では珍妙とも奇怪とも言えるドラマが日夜繰り広げられている。

 駆除や事故で「珍しい動物の死体が手に入った」と連絡が入れば、全国どこでも現場に駆けつける。標本にするには鮮度が重要なのだ。ウミガメ3頭が漂着した時は急遽現場で処理することになり、100円ショップで包丁やメジャーを買い込んで、海水浴客が波と戯れている隣で解体作業に当たった。

 メスや牛刀を駆使して死体を解体するプロセスがまた生々しい。キリンだと内臓を丸ごと引きだし、4メートルほどの皮を1日かけて剥ぐ。順番に外した骨を巨大処理槽に入れて70度のお湯で2週間ほど煮れば、きれいな骨に。そいだ肉を試食したり、ズタボロのモグラの皮を縫合して剥製を作ったり。そんな日常が実に楽しそうにつづられる。

 著者は標本の3大スローガンとして「無目的、無制限、無計画」を挙げる。どんな標本がいつ何の役に立つかなど誰にもわからない。そして研究のために個体数はあればあるほどいい。著者が集めたニホンカモシカの頭骨は1万点以上に及ぶ。

 ひたすら標本を集める異常なまでの情熱と、生き物の生死を扱う厳粛な作業。両者が結びついて本書に独特の奥行きを与えている。ちなみに国立科学博物館には上野動物園の歴代パンダの頭骨標本が収蔵されているそうだ。

(ブックマン社 2600円+税)=片岡義博

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