川崎“史上最強”優勝を必然にした3つの数字。『68』『30』『231』が表す意味とは?

2020シーズンのJ1リーグは、川崎フロンターレが4試合を残して2年ぶり3度目の優勝を飾った。Jリーグ史上最強の呼び声も高い“アズーロ・ネロ”は、なぜこれほどまでに圧倒的な強さを誇ったのか。フロンターレの優勝を必然にした3つの数字、『68』『30』『231』が表す意味とは--?

(文=藤江直人、写真=Getty Images)

フロンターレの攻撃陣に見られた傾向。1つ目の数字『68』

チームメートはポジションを争う最も身近なライバルであり、ひとたびピッチを離れればライバルからかけがえのない仲閒へと変わる。同じユニフォームに袖を通す選手たちが共有すべき理想的な意識が、今シーズンの川崎フロンターレでは究極の領域にまで純度を高めている。

4試合を残しての史上最速での優勝、歴代最多の勝ち点75、同じく勝利数24と、J1が18チーム体制になった2005シーズン以降の記録をすべて更新。10連勝と12連勝を同じシーズンでマークする圧倒的な強さでつかみ取った2シーズンぶり3度目のリーグ優勝の軌跡をひも解いていくと、フロンターレの内側に力強く脈打つ意識を象徴する3つの数字に行き着く。

優勝を決めた25日のガンバ大阪戦までフロンターレは30試合、計2700分間を戦っている。守護神チョン・ソンリョンはフルタイム出場を続け、ジェジエウ、山根視来、登里享平、そしてキャプテンの谷口彰悟が主力を担う最終ラインのプレー時間も全員が2000分を超えている。

対照的に3トップで形成される前線、そして左右のインサイドハーフに配置される、計5つの攻撃的なポジションの選手たちのプレー時間は、右ウイングを主戦場とする家長昭博の1835分が最長となっている。2700分に占める割合が約『68』%となるが、実はこの数字には他チームとは異なる傾向が表れている。

2位以下のチームの攻撃的な選手のプレー時間は、ガンバのFW宇佐見貴史やMF倉田秋、名古屋グランパスのFWマテウス、セレッソ大阪のMF清武弘嗣やMF坂元達裕、鹿島アントラーズのFWエヴェラウド、そしてFC東京のFWディエゴ・オリヴェイラやMFレアンドロと、主力はこぞって2000分を超えている。

翻ってフロンターレで家長に続くのはFWレアンドロ・ダミアンの1616分で、MF大島僚太の1483分、MF脇坂泰斗の1407分となっている。東京五輪世代のホープ田中碧はアンカーとインサイドハーフで1913分プレーしているが、後者に限れば1037分になる。

大ブレークを果たし、注目度が一気に高まっているルーキーのFW三笘薫、チーム最多の13ゴールをあげているFW小林悠は、ともに半分の1350分に達していない。これらの数字が何を意味しているのか。高温多湿に見舞われた夏場に、小林がこんな言葉を残したことがある。

変幻自在に組み合わせた攻撃陣。鬼木監督が選んだ基準は?

「オニさん(鬼木達監督)がうまく選手たちを代えながら、コントロールしてくれている。主力を固定して戦うチームが多いなかで、ウチの前線の選手たちは90分間出る選手がほとんどいない。なので、次の試合に疲れを残すことなく、しっかりと回復して臨めている」

選手同士の組み合わせは、インサイドハーフは「10」を、3トップは「13」をそれぞれ数える。インサイドハーフは7月の再開直後こそ大島と脇坂が固定されていたが、8月末に大黒柱の中村憲剛が左ひざの大けがから復帰し、9月に入って田中が配置転換されてからは一気に選択肢が増えた。

3トップは中央をダミアンと小林、右を家長とルーキーの旗手怜央、左を長谷川竜也と齋藤学、そして三笘が争う。小林が右に回ってダミアンと共存することもあれば、家長や旗手がインサイドハーフでプレーすることもある。就任4シーズン目で3度のリーグ優勝を手にした鬼木監督は、どのような基準で先発メンバーを決めているのか。

「当然ながら、選手たちのコンディションも頭に入れながら選んでいます。あとは自分たちのストロングポイントを出すのに、どの選手同士を組み合わせたら一番いいのか、というところですね。時間帯でいえばスタートからガンガンいける選手たちなのか、もしくは後半のところでパワーを使うのか。パワーの出し方にもいろいろある。前への推進力なのか、ボールを握るのか、あるいはパワープレーのようなところも含めて、毎日選手たちを見ている自信というか、自分を信じながら決めています」

コロナ禍で過密日程を余儀なくされ、再開直後には高温多湿の夏場の戦いを迎えた特異な今シーズンを考慮した。小林が言及したように、特に消耗しやすい攻撃陣の組み合わせを選手たちのコンディション、対戦相手との兼ね合い、あるいはゲームプランに応じて変幻自在に変えた。

交代で入った選手の意識が表れた、2つ目の数字『30』

その上で交代枠が従来の「3」から「5」に増えた、今シーズンの特例をフルに活用。再開後の29試合で実に27試合で「5」枠を使い切り、大半をインサイドハーフと3トップに充てた。必然的にプレー時間が少なくなる状況で生まれるポジティブな変化を、今シーズン限りでの現役引退を表明している、フロンターレ一筋で18年間プレーしてきた中村がこう言及したことがある。

「自分を含めた全ての選手が、試合に出たときには勝ちたい、という高いモチベーションを持っている。そして、うまくプレーできなければ、次の試合ではベンチ入りメンバーから外れることもある。それほどいい選手がそろっている。チームメートですけどお互いに争う、といった関係では、僕がこれまでプレーしてきたシーズンのなかでおそらく一番レベルが高いんじゃないかと思っています」

リザーブに回った選手たちが胸中にたぎらせてきたライバル心は、明確な数字となって表れている。リーグ最多となる79ゴールのうち、交代で送り出された選手が24ゴールをゲット。必然的に試合終盤の得点が増え、15分ごとのゴール数では76分以降が「20」で最も多い。

そして、総得点における交代選手が決めたゴール数の割合が、他のチームに比べて突出する約『30』%となる。例えば2位のガンバは41ゴールのうち9ゴールで割合は約22%であり、フロンターレに次ぐ68ゴールをあげている横浜F・マリノスは13ゴールで約19%となっている。

「交代した選手が点を取るのはウチのスタイルというか、点を取るという役割を理解した上でピッチに入ってくれているので。もちろん先発した選手が前半からハードワークした結果として、相手チームに疲れが出てきていることもあるので、全員の力で勝てていると思っています」

鬼木監督がこう表現したこともある選手同士が切磋琢磨する関係が、ガンバ戦の終了間際、90分にもゴールとなって結実している。この時点でスコアは4-0。4分台が表示されたアディショナルタイムに入る直前だったが、交代で投入されていた選手たちは時間を稼ぐことなどまったく考えていない。

右タッチライン際でボールを収めた小林が前を向き、敵陣に入ったあたりで前方へ走り込んでいた旗手へ絶妙のパスを配球。ペナルティーエリアへ侵入した旗手は迷うことなく右足を振り抜き、シュートのこぼれ球をフォローしてきた齋藤が左足で押し込んでゴールネットを揺らした。

コンディションがなかなか上向かず、夏場にはベンチにも入れなかった齋藤が決めた待望の初ゴール。直後に齋藤との交代でベンチへ下がっていた三笘を含めた、何人もの選手が元日本代表FWのもとへ駆けつけて喜びを共有した。ライバルがかけがえのない仲間に変わった瞬間でもあった。

小林悠が心を震わせた、シーズン中のある光景

セレッソとの首位攻防戦を数時間後に控えた8月19日の午前中に、川崎市麻生区にあるフロンターレの練習グラウンドを散歩で訪れた小林は、図らずも見かけた光景に心を震わせている。目の前ではベンチに入れない齋藤やMF山村和也らが、大粒の汗を流しながら黙々と走り込んでいた。

「試合に絡めない選手たちがあれだけ頑張っているのを見て、試合に出る選手たちがやらないわけにはいかない、と思いました。それほどチーム全員が、誰一人として現状に満足していないので」

果たして、5-2でフロンターレが快勝したセレッソ戦で、先発した小林は53分に3点目を決めている。そして、チームメートがライバルとなる図式は、危機感という別の効果も生み出している。

7月の再開直後に田中が担っていたアンカーに、捲土(けんど)重来を期して復調した元日本代表の守田英正が定着。リザーブに回っていた田中は、インサイドハーフとして初めて先発した9月13日のサンフレッチェ広島戦で2ゴールをゲット。5-1の快勝に貢献した試合後にこんな言葉を残している。

「正直、ここで結果を残さないと試合に出られなくなる、という覚悟を持って試合に入りました」

家長の出場時間から導かれた『68』は、過密日程のなかで故障による長期の戦線離脱者をほとんど生じさせなかった軌跡にもつながっている。7月に長谷川が左膝に、10月には小林が左ハムストリングにけがを負ったが、シーズン終盤の大事な時期にはそれぞれ間に合っている。

そもそも、長く主戦システムに据えてきた[4-2-3-1]を、今シーズンから[4-3-3]に変えたのはなぜなのか。鹿島に次ぐ、史上2チーム目の3連覇を狙った昨シーズン。リーグで2番目に多い12もの引き分けが響いて4位に終わるなど、勝ち切れなかった反省に立った。

さまざまな武器を備えたサイドアタッカーが多い陣容を生かすために3トップに変え、さらに中盤の形を逆三角形に変えて前線にかける人数を増やした。相手ゴールに近い分だけ、必然的にチャンスも増える。30試合で放った474本のシュート数は、アントラーズの430本に大差をつけてトップに立つ。

爆発的な得点力の陰にある、3つ目の数字『231』

新型コロナウイルスによる中断期間で熟成された新システムは、もう一つの武器もバージョンアップさせた。30試合における被シュート数の『231』もサガン鳥栖の249本を下回るリーグ最少であり、最強の矛だけでなく盾をも装備した今シーズンを物語るように、総失点25もリーグで最少となる。

被シュート数の少なさは、敵陣でボールを失った瞬間にモードを切り替え、数人で相手のボールホルダーを取り囲む組織的かつハードな守備に帰結する。守るための守備ではなく、敵陣でボールを握り、攻める時間と機会をより増やすための守備と表現すればいいだろうか。

自陣に攻め込まれる前にボールを奪い返すから、必然的にシュートを打たれる回数も少なくなる。例えばガンバ戦における被シュート数はわずか5本。71分にFWパトリックが強引に頭を合わせた一撃が初めての被シュートであり、しかもゴールの枠を大きく外れている。

連覇を達成した2018シーズンから取り組んでいる戦法だが、システム変更とともに前線にかける人数が増えた今シーズンはより威力を発揮している。言うまでもなく、セカンドボールの回収を含めて、前線の選手は攻守両面で多くのタスクを課される。自らを律するように、中村もこう語っている。

「ハードワークをしない選手は、このチームでは試合に出られないので」

優勝を決めても終わらない。見据えるは、真の“史上最強”へ

残り4試合となったリーグ戦も、フロンターレは消化試合にはしない。鬼木監督は「一戦必勝で戦ってきたので、今度は記録というものにチャレンジすべきだと考えている」と前を見据える。

2006シーズンのフロンターレがマークした、歴代最多となる年間84ゴールの更新まであと6ゴールと迫っているだけではない。現時点で「プラス54」と驚異的な数字をたたき出している得失点差は、2015シーズンのサンフレッチェ広島がマークした「プラス43」をすでに大きく上回っている。

現状で17ポイントに広がった2位ガンバとの勝ち点差も、過去最大だった2018シーズンのフロンターレとサンフレッチェの12ポイント差を上回る。この先も3敗のままならば、2007シーズンと2015シーズンの浦和レッズ、2017シーズンのフロンターレの4敗を更新する歴代最少黒星となる。

さらには、来月12日のサガン鳥栖戦で勝利すれば、シーズン内に全ての対戦相手に勝利する初めての優勝チームとなる。3つの数字に導かれる選手同士の強烈なライバル意識と至高のチームワーク、そして泥臭さにより磨きをかけながら、Jリーグの歴史上で最強軍団となるための戦いに挑んでいく。

<了>

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