グラムロックの代表作として知られるT・レックスの『電気の武者』

『The Electric Warrior』(’71)/T. Rex

1977年9月16日、T・レックスのリーダー、マーク・ボランは内縁の妻で歌手のグロリア・ジョーンズが運転する車の自動車事故によって即死、享年29歳であった。このニュースがテレビや新聞で取り上げられた時、熱心なファンを除いて日本ではすでに忘れられた存在であったが、イギリスにおいては彼の音楽やファッションは連綿と生き続けており、そのカリスマ性は世界中のアーティストに大きな影響を与え続けている。今回はセンシティブなフォークデュオからスタートしたボランがポップスターへと変身するきっかけとなった大ヒットアルバム『電気の武者(原題:The Electric Warrior)』(‘71)を取り上げる。

充実したロックアルバムが リリースされていた70年代初頭

本作『電気の武者』がリリースされた1971年は、ロックの秀作が数多く生み出された年でもあり、ロックのリスナーがどんどん増えていった時代だ。例えば、レッド・ツェッペリン『IV』、ピンク・フロイド『おせっかい(原題:Meddle)』、エマーソン・レイク&パーマー『タルカス』、ローリング・ストーンズ『スティッキー・フィンガーズ』、ジョン・レノン『イマジン』、ザ・フー『フーズ・ネクスト』、イエス『こわれもの(原題:Fragile)』、ジャニス・ジョプリン『パール』など、ロック史に残る作品が次々にリリースされている。

中でも、ハイノートのヴォーカルやハイテンションのサウンドを持った王道のロックグループに人気が集まっていた。そして、技巧派のギタリストを擁する
グループの人気が高く、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの3人については圧倒的な人気があった。

王道のロックグループにはない グラムロッカーの戦略

そんな時、ニューグループ(ニューグループではなかったが、当時の日本では彼らのことはほとんど知られていなかった)のヒット曲として飛び込んできたのが「ゲット・イット・オン」であった。軽快なブギのリズムに乗って、覚えやすいリフとソフトなヴォーカルで日本でも瞬く間にヒットした。イギリスではT・レックスのリーダー兼ソングライターであるマーク・ボランの中性的な出で立ちと派手な衣装やロンドンブーツが話題となり、同時期に人気のあったデビッド・ボウイや彼のスタイルがグラムロックの原型となった。当時の王道のロッカーたちは、どちらかと言えば男臭さとハイレベルの演奏技術で勝負していたわけだが、グラムロッカーたちは音楽性というよりは衣装の奇抜さや演劇性を前面に押し出すという戦略でその地位を築いたと言えるかもしれない。

マーク・ボランの ソングライターとしての魅力

しかし、ボランは脚光を浴びるまでに下積みを経験している。T・レックスの前身であるティラノサウルス・レックスは68年にデビューしたオルタナティブ・ブリティッシュフォークの優れたグループであった。実験的で透明感のあるボランのソングライティングは単に流行に乗るというタイプではなく、緻密に計算されていたことが敏腕プロデューサーのトニー・ビスコンティの目に止まることになり、また優れたプレーヤーがバックを務めることにもつながったのである。そんな彼のソングライティングは、本作『電気の武者』やT・レックスの最高傑作となる『ザ・スライダー』(‘72)で頂点を迎えることになる。

本作『電気の武者』について

これまでT・レックスはボランとミッキー・フィン(ティラノサウルス・レックス時代はスティーブ・ペリグリン・トゥックと)のふたり組であったのだが、本作『電気の武者』からは本格的なロックグループとして活動するために、スティーブ・カリー(Ba)とウィル・レジェンド(Dr)をパーマネントメンバーに迎えている。また、前作『T・レックス』(‘70)で起用した元タートルズ(後のフロ&エディ)のハワード・ケイランとマーク・ボルマンをバックヴォーカルに迎えてレコーディングは行なわれた。特別ゲストとして、イアン・マクドナルド、バート・コリンズ(アメリカのジャズプレーヤー)が参加している。印象的なアルバムのジャケットデザインは、デザイン集団のヒプノシスが担当している。

収録曲は全部11曲。アルバムはまるでリトル・フィートのようなリズム感覚をもつ渋いブギナンバー「マンボ・サン」で始まる。この曲で新生T・レックスがスタートする。ケイランとボルマンのバックヴォーカルも、ボランのように中性的なのが面白いところ。「プラネット・クイーン」も同系列のナンバー。2曲目のフォーキーな「コズミック・ダンサー」はティラノサウルス・レックス時代の難解なサウンドではなく、ビートルズのような明快なポップさを感じさせるスタイルである。ビスコンティの華美なストリングスアレンジもあって素晴らしいナンバーに仕上がっている。

シングルヒットした「ジープスター」(全英2位)と「ゲット・イット・オン」(全英1位)は言わずと知れた名曲であるが、「ゲット・イット・オン」はボラン得意のキャッチーなブギスタイルで、完成度は後の「テレグラム・サム」(『ザ・スライダー』収録曲)のほうが高いものの、名曲である。80年代にはパワーステーションがカバーし大ヒットしたのも記憶に新しい。

「モノリス」「ガール」「ライフ・イズ・ア・ガス」は愛好者の多い叙情的なナンバーで、ボランのソングライティングの巧みさが光る楽曲群だ。ブルースっぽいロッカバラードの「リーン・ウーマン・ブルース」は、ボランのギターがミストーンだらけなのが気になるが、これがワザとだとしたら理由が知りたいところである。

本作は全英で1位を獲得(全米32位)し、その後も44週間チャートに残る大ヒットとなった。この後、グラムロックシーンを牽引することになるのだが、そのブームは2〜3年ほどの短期間で終わってしまう。イギリスではこの後もボランはアルバムをリリースし、遺作となったアルバム『ダンディ・イン・ジ・アンダーワールド』(‘77)のリリースツアーでは、ダムド、セックス・ピストルズ、クラッシュらを前座に起用するなど、パンクロッカーたちの活動を後押ししていたのだが、この年に悲劇は起こるのである。彼は生前、「30歳までは生きられないだろう」と語っていたそうだが、実際に事故が起こったのは30歳を迎える2週間前のことであった。ただ、グラムロックのブームは終わっても、本作と『ザ・スライダー』がロック史上に永遠に残る傑作であることは間違いない。

なお、T・レックスは、本作のリリースから49年が経った今年、グループでようやくロックの殿堂入りとなった。

TEXT:河崎直人

アルバム『The Electric Warrior』

1971年発表作品

<収録曲>
1. マンボ・サン/Mambo Sun
2. コズミック・ダンサー/Cosmic Dancer
3. ジープスター/Jeepster
4. モノリス/Monolith
5. リーン・ウーマン・ブルース/Lean Woman Blues
6. ゲット・イット・オン/Get It On
7. プラネット・クイーン/Planet Queen
8. ガール/Girl
9. モティヴェイター/The Motivator
10. ライフ・イズ・ア・ガス/Life's a Gas
11. リップ・オフ/Rip Off

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