安倍前首相がSNS投稿で”事実誤認” 慰安婦報道の最高裁判決で削除要求

 従軍慰安婦報道に関する名誉毀損訴訟を巡り、安倍晋三前首相が会員制交流サイト(SNS)に事実と異なる投稿をしたとして、削除要求の内容証明を送りつけられる騒動が起きている。訴訟は、従軍慰安婦に関する記事を「捏造(ねつぞう)」と決めつけられたとして、朝日新聞元記者の植村隆氏(62)がジャーナリストの桜井よしこ氏(75)らに損害賠償を求め、札幌地裁に2015年に提訴。一、二審は請求を棄却し、最高裁が今月18日に上告を退けて原告敗訴が確定した。(共同通信=新崎盛吾)

安倍前首相=12日、国会

 ▽産経新聞の記事とともに

 安倍前首相は自身のフェイスブックに20日、植村氏の敗訴確定を報じた産経新聞の記事を添えて「植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定したという事ですね」と投稿した。しかし、確定判決は植村氏に対する名誉毀損を認めた上で「植村氏が事実と異なる記事を執筆したと(桜井氏が)信じたのには相当な理由がある」とした内容。植村氏も「法廷では桜井氏自身が事実誤認を認め、捏造でなかったことも裁判で明らかになった」と話している。

札幌地裁での本人尋問後、記者会見する桜井よしこ氏=18年3月、札幌市

 植村氏は1991年8月、韓国で元慰安婦として名乗り出た女性の記事を朝日新聞に掲載した。桜井氏らはこの記事について「『女子挺身隊の名で戦場に連行』という本人が述べていない経歴を加えた」「親に人身売買された経緯を書かなかった」ことなどを根拠に、新聞や雑誌で「捏造」と指摘していた。

 ▽「娘を殺す」と脅迫状

 事態はその後、2014年1月30日発売の「週刊文春」が掲載した「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」との見出しの記事をきっかけに、大きく動き出す。朝日新聞を退職予定だった植村氏の再就職をやゆした記事だったが、内定先の大学に抗議や嫌がらせの電話とメールが殺到し、再就職は破談に。非常勤講師を務める札幌の大学には、爆破予告などの脅迫状が相次いで届いた。

 さらに文春が同年8月6日発売の号に「慰安婦火付け役 朝日新聞記者はお嬢様女子大クビで北の大地へ」との続報を掲載したことで、バッシングはさらにエスカレートした。

札幌高裁の判決後、記者会見する植村隆氏=2月6日、札幌市

 植村氏の娘の実名や高校名、顔写真などがネット上にさらされ「(娘を)必ず殺す」と書かれた脅迫状が届き、警察が身辺警護に動いた時期もあった。植村氏は、家族や勤務先の大学を巻き込んだバッシングを止めるため、桜井氏らを札幌地裁に、同様の主張をしていた西岡力・東京基督教大教授(当時)と文芸春秋を東京地裁に、それぞれ提訴した。

 ▽辞任後、初めての感想投稿

 安倍前首相のフェイスブックのフォロワーは60万人余り。9月16日の首相辞任後、靖国神社参拝など自身の行動を計5回発信していたが、記事の感想を投稿したのは初めて。19日にツイッターで産経新聞の電子版記事をリツイート(転載)した後、同じ記事をフェイスブックで引用紹介。翌日に自らの投稿にコメントする形で「植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定したという事ですね」と書き込んだ。

産経新聞の記事に添えた投稿(安倍前首相のフェイスブックから)

 植村氏の弁護団によると、削除要求の内容証明は24日に送付し、1週間以内に投稿を削除するよう求めている。

 意図的に事実をゆがめる「捏造」という表現は、単なる間違いを意味する「誤報」とは異なり、記者にとって死刑判決に相当する重い意味を持つ。東京の訴訟も、一、二審は請求を棄却したが「論文や記事は、植村氏の社会的評価を低下させる名誉毀損に該当する」と認定。その上で「(捏造との指摘は)意見や論評の域を脱したものではない」として、西岡氏らを免責する判断を示している。

安倍前首相=12日、国会

 東京訴訟に対する最高裁の判断も近く示されるとみられるが、安倍前首相が削除要求にどのように対応するのかにも、注目が集まっている。

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