認知症の母と老老介護する父を撮影…『ぼけますから―』に信友監督が込める思い

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フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』で、29日(13:40~ ※関東ローカル)に放送される『おかえり お母さん ~その後の「ぼけますから、よろしくお願いします。」~』。2018年に公開され、ドキュメンタリー映画として異例のヒットを記録した『ぼけますから、よろしくお願いします。』のその後、母の看取りの物語が描かれている。

信友直子監督が、アルツハイマー型認知症の診断を受けた母を抱えた家族の内側を、娘だからこその視点で丁寧に描いた同作。両親への密着撮影という作品に込めた思いとは――。

■最初は泣きながらの撮影

映画では、90歳を超えた父が80代後半の母の介護を始める日々が描かれた。自身も仕事を辞めて実家に帰るべきかという思いを持ちながらも「撮り続けることがディレクターとしての使命」と感じ、作り上げたという信友監督。

劇中では、かつては気丈だった母親が「家族に面倒はかけたくない」と弱音を吐くなど、切ないシーンも多く登場するが、「ああいう風に言われると、娘としては本当にどうしようもなくて、ものすごくかわいそうで、最初のうちは私も一緒になって泣いてたんですよ。ディレクターとして人の気持ちを想像する訓練を積んでるから、母の気持ちを想像すると本当に絶望だと思って泣いてたんです」と、つらい心境の中での撮影を回想する。

だが、「母も落ち込むときはトコトンへこむんですけど、あんまりへこんじゃうと疲れて寝ちゃうんですよ。その後起きると、もうニュートラルになって、いつものご機嫌な母に戻ってるんですね。それに翻ろうされてると損だなと思って、いなし方を覚えたというのはあります」と、切り替えられるようになったそうだ。

映画のキャッチコピーは「泣きながら撮った1200日の記録」だったが、それでも「ディレクターとしてのスイッチが入っているので、(撮影を)自分から止めたいと思うことは一度もなかったです」と断言。『ぼけますから、よろしくお願いします。』というタイトルは、劇中にも登場する母親が実際に発した言葉だが、「母はブラックユーモアとか自虐とかが得意だったんです。母らしい言葉なので、絶対これだなと思いました」と、命名の理由を明かしてくれた。

■“父と母と私の共同作品”

映画上映後は大きな反響を呼び、その中でも「『亡くなった父や母に会えたような気がします』という言葉は、すごくうれしいですね。ほとんどの方が、作品がどうこうよりも『うちの親が…』から感想を話し始めてくれるんです」とのこと。

「母があそこまでの老醜を晒してくれて、父も自分を晒してくれて、『ちゃんと見ておきなさい。生きていくということ、年をとっていくというのはこういうことだよ』というのを私に見せてくれて、『それを伝えていくのがお前の仕事なんだから』って言ってくれたんだな、と思うんですね。(上映後)舞台あいさつに出ていくと、みんなすごく泣いていて、熱を感じるんです。ここまで(家族の内側を)出していいのかと悩んだりもしたけど、それを見ると、父と母と私の共同作品だと思ってるから、出したかいがあったなというのはすごく思いますね」と、噛みしめるように語った。

■60年以上連れ添った夫婦に訪れる別れの時

映画の完成後も、信友監督は両親を撮り続けており、その様子が今回の『おかえり お母さん ~その後の「ぼけますから、よろしくお願いします。」~』で放送される。

そんな中で、異変が起きたのは18年10月。母親が脳梗塞で倒れたのだ。幸い一命はとりとめたが、左半身に麻痺が残った。母は「家へ帰りたい」とリハビリを始め、父は毎日面会に行って励ました。そして父は、いつ母が家に帰ってもいいようにと98歳で筋トレを始める。

ところが、母は歩けるまでに回復したものの、新たな脳梗塞が見つかって全身麻痺に。それを聞いて寝込んでしまう父……信友監督は、一度でいいから母を家に帰してあげたいと“ある秘策”を考える。

長い闘病生活の末に迎える最後の日々。60年以上連れ添った夫婦は、別れの時をどのように迎えるのか…。これは私的な看取りの記録だが、誰もが自分や自分の親の姿を重ね、感じることができる物語となっている。