受取人の選択を誤ると悲劇!生命保険金を遺産争いの火種にしないために

現在、生命保険の加入率は男女ともに約8割。年齢層によっては約9割にもなります。しかし、生命保険と密接に関係するはずである相続の相談をしていると、保険の内容を把握していない方も多くいらっしゃいます。また、内容は把握していたが、相続における知識が少なかったがために、ご自身の想いや願いを叶えることができないこともあります。今回は、そんな事例をご紹介します。


面倒を見てくれる長女に家を相続させたいが…

母・安田ようこさん(80歳)は、亡き夫との夫婦の思い出が詰まったマイホームに1人で暮らしていました。高齢になってきたことで、1人で暮らすことも難しくなってきていましたが、できる限りマイホームで過ごしたいと考えていました。長女・ともこさん(55歳)は、そんな母の願いを叶えたいと思い、5年前に仕事を退職して実家で母と一緒に過ごしていました。

ようこさんは、献身的に面倒を見てくれるともこさんにとても感謝していました。そして、仕事を辞めてまで願いを叶えてくれた彼女が生活に困らないようにと、自分が亡くなった際には、財産のほとんどを占める自宅を相続して欲しいと考えるようになったのです。

しかし、ようこさんは、ともこさんの兄である長男・まさとさんのことを心配していました。まさとさんは、若くして実家を離れましたが、父と母へ何度も金銭の援助を要求してきたことがあったからです。時には「自宅を売却して金を貸して欲しい」ということも言われたこともありました。そんな長男です。ようこさんが亡くなった後に、財産のほとんどである自宅をともこさんが相続するということに納得するはずがありません。もちろん、ようこさんも長男と長女が相続で揉めることを望んでいません。

生命保険金は相続財産にならない!?

改めて、ようこさんは財産を確認したところ、やはり預貯金は少なく財産のほとんどが自宅でした。しかし、生命保険があることを思い出し、自分が亡くなった時には、生命保険がいくらになるのか調べてみました。すると、自宅+預貯金と同額程度の生命保険金が受け取れることが分かりました。そこで、自宅+預貯金を全てともこさんが相続できるよう遺言を作成し、その代わりに生命保険金をまさとさんが受け取れるよう、受取人を変更しました。これでまさとさんも納得するだろうと考えたのですが、この対策が大きな間違いでした。

この対策の問題点は「生命保険金は相続財産にならない」という点です。これについては、最高裁判所での判決があり「亡くなられた方の生命保険は、保険金受取人が指定されている場合、相続財産にはならず受取人に指定された方に帰属する財産」となります。つまり、生命保険は相続財産として考慮しないということです(ただし、相続税の計算をする際は「みなし相続財産」として課税されます)。

長女と長男の相続財産はどうなる?

今回のケースでは、遺言に従った場合、相続財産は以下のようになってしまいます。

・ともこさん:よこさんの自宅+預貯金
・まさとさん:なし(生命保険金は相続財産ではないため)

ただし、まさとさんはともこさんに対し、相続財産の「遺留分」を請求できる権利があります。遺留分とは、亡くなった人の財産について、一定の相続人に保障される最低限の取り分のことです。今回、母が亡くなった場合には、長男の遺留分は「相続財産の4分の1」になります。つまりまさとさんは、ようこさんの生命保険金(遺産にカウントしない)を受け取ったほかに、ともこさんが相続した「ようこさんの自宅+預貯金の4分の1」の財産について、遺留分を主張できる権利をもっているのです。

このように、相続対策に活用できる生命保険に入っている場合でも、使い方を間違えると意味がないのです。それでは、どのような対策をすべきだったのでしょうか?

争いを避けるにはどんな方法がある?

生命保険金の受取人は、長女のともこさんにするべきでした。これにより、ともこさんは相続財産と同額の生命保険金を受取ることができます。そして、まさとさんが遺留分を主張した場合、遺留分である相続財産の4分の1にあたるお金を支払うことができます。

しかし、これでは争いになってしまうのは明確です。まさとさんに最低限の相続はしてもらい、争いをなくしたいというようこさんの想いを叶えるには、遺言に工夫が必要になります。

例としては、全ての財産を長女へ相続させるという遺言に追加して「代償金として○○万円を長男へ支払う」とするのです。この場合、記載方法は様々で「○○万円」とせず「相続財産の〇分の〇」と割合で指定することも可能です。

遺言だけでは「想い」は伝わらない

そして、もう1つ大きな効果があるのが「想い」を伝えることです。遺言というのは、法律に従い、財産をどのように相続させるかを記載します。遺言書を作成した時、身近にいれば「なぜ」このような内容になったのか想いを感じることができます。しかし、亡くなった後に遺言書だけを見た人はそれが分かるでしょうか?

それが自分にとって不利な内容であれば、余計に理解したいと思えないのではないでしょうか。このような時には、相続できなかった相続人は、「自分が愛されてなかったのでは」と感じてしまうこともあるそうです。

ですから、「なぜこの遺言書を作成したのか」の想いを残しておくことをお勧めします。その際には、あまりネガティブなことを記載しないことがポイントです。例えば「何もしてくれなかった」というような記載です。それよりも「感謝しています」という内容を伝えてみましょう。このような手紙は、遺言書に「付言事項」として残しておくこともできますし、改めて手紙として残しておくこともできます。

生命保険や遺言を検討する時は「なぜ」を伝える

以上のように、生命保険は相続という場面に素晴らしい効果を発揮します。しかし、使い方を間違えてしまうと大きな問題となってしまうこともあります。生命保険や遺言などを検討する際には、「生命保険に入りたい」「受取人を変更したい」「遺言書を作成したい」という相談の仕方をしないことをお勧めします。お勧めは「なぜ生命保険に入りたいのか」「なぜ受取人を変更したいのか」「なぜ遺言書を書きたいのか」の「なぜ」を伝えてみてください。相続に関する専門家であれば、より効果的な提案をしてくれるでしょう。

相続診断士:盛 勝利

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