判決2年、賠償受けず他界

韓国、挺身隊訴訟の2原告

©一般社団法人共同通信社

支援者との集まりに参加した李東連さん(左から2人目)と金中坤さん(右端)ら原告=2015年10月、名古屋市

 韓国最高裁が三菱重工業に対し、植民地支配下の朝鮮半島から朝鮮女子勤労挺身隊員として動員された韓国人女性や遺族に賠償を支払うよう命じた判決から29日で2年。判決確定後、同社が賠償に応じない中で原告5人のうち2人が他界した。

 原告側は三菱重工の韓国内資産を差し押さえ、政府レベルでは、これが現金化されれば日韓関係は一層悪化すると神経戦が続いているが、高齢の原告には、もう時間がない。女性らを支援してきた名古屋の市民団体は28日までに、同社に協議に応じるよう求める書面を郵送した。

 今年5月6日、韓国南西部羅州出身の原告、李東連さんが肝臓がんで亡くなった。90歳だった。

 李さんは14歳の時「学校に通い、金も稼げる」と言われ、名古屋にあった三菱重工の航空機工場に動員された。約束はうそで、日本の裁判所が「強制労働」と認定した過酷な生活を強いられた。

 日本の敗戦後に戻った故郷では慰安婦と混同されることを恐れ、日本へ行ったことを隠して暮らし、1999年に名古屋で提訴した裁判のために来日する際は、常にサングラスとマスクで顔を隠した。

 日本では65年の日韓請求権協定で請求権問題は解決済みとされて2008年に敗訴が確定したが、日韓の市民団体の協力で12年、故郷に近い光州で提訴した。

 80年代から李さんらを支援してきた名古屋市の元高校教師、高橋信さん(78)によると、その時から顔を隠すことをやめ「私は失うものはなく(世間の)理解も深まった」と話していたという。

 昨年1月には、元隊員の妹と妻の代わりに原告となり、李さんと裁判を闘った金中坤さん=当時(94)=が死去。存命の原告女性3人は皆90歳以上で、1人は人工呼吸器を使い寝たきりになっている。(共同)