等身大のメッセージソングに開眼した松本伊代「抱きしめたい」 1982年 11月29日 松本伊代のシングル 「抱きしめたい」がオリコンチャートで最高位(9位)を記録した日

デビューシングルは破格のヒット「センチメンタル・ジャーニー」

今回は、1982年11月5日に発売された松本伊代の通算5作目のシングル「抱きしめたい」に注目してみます。彼女は、1981年10月21日にご存じ「センチメンタル・ジャーニー」(作詞:湯川れい子、作曲:筒美京平、編曲:鷺巣詩郎)でデビューし、いきなり累計34万枚以上という新人の女性アイドルとしては破格のヒットとなりました。

その要因としては、デビュー前から田原俊彦の妹役でテレビ番組に出演していたことや、自身が出演するロッテ「ガーナチョコレート」CMソングに起用されたこともありますが、何より「♪ 伊代はまだ 16だから~」という歌詞のインパクトや、彼女の声質を活かした憶えやすいメロディーライン、さらには楽しげでなおかつ爽快なアレンジなど楽曲自身の魅力によるところも大きいでしょう。

その後、前作同様にエルヴィス・プレスリーと同タイトルの「ラブ・ミー・テンダー」(2作の作詞はプレスリーの大ファンを公言する湯川れい子)、当時から大人気のコピーライター・糸井重里作詞の「TVの国からキラキラ」「オトナじゃないの」など、ポップまたはコミカルな作品が続きます。ただし、セカンド以降は、いずれも累計10万枚以上のヒットを維持しつつも、16万枚→13万枚→11万枚… と微減傾向を辿っていました。

赤裸々な想いを歌った5作目のシングル「抱きしめたい」

その後に発売されたのが、この「抱きしめたい」です。作詞・作曲に山下久美子の楽曲を多数手がけていた康珍化と亀井登志夫のコンビを起用。これまでのようなキラキラなポップス路線ではなく、女の子の赤裸々な想いが歌われています。

本作では、出だしの「♪ 会うたび うれしいけれど 別れる時は 二倍さみしい」や、サビの「♪ 抱きしめたいの あなたのことを 細くか弱い 腕だけど」といった歌詞のメッセージが特に印象に残ります。その真面目で一途、そして一途ゆえの大胆な告白は、やや衝撃的でもありました。それまでバックコーラスのキャプテンと共に仲良く歌い踊っていた楽しさいっぱいの女の子のものとは大きく異っているのですから。

また、松本自身の歌唱も、ここでかなりの成長を見せます。Aメロで切々とアンニュイに歌いつつ、Bメロで「♪ こんなこんな気持ち しかりますか」と投げかけて以降の、サビの心の叫びを訴えるかのようなやや強めのボーカルへと変わる…。その様子に、ドキリとさせられた男子、あるいは共感した女子も多かったのではないでしょうか。

若いラジオリスナーからの支持、共感を呼ぶ康珍化の作詞力

そうしたファンが多かったのか、本作「抱きしめたい」はオリコン初登場18位から2週目13位、そして3週目に9位となり、デビュー作以来のオリコンTOP10入りを果たします。累計売上は15万枚を突破し、松本の歴代作品でも4番目のセールスとなりました。

また、『ザ・ベストテン』も最高位は10位ながら、11位→10位→11位→11位と粘りを見せていてTOP20内に9週もランクイン。「センチメンタル・ジャーニー」の14週に次ぐロングヒットとなりました。特に、ラジオリクエストがそれまでの3作に比べ大きく伸びて6週連続TOP10入りしており、このことから若いラジオリスナーに大いに支持されていたことが読み取れます。

ちなみに、本作は作詞の康珍化、作曲の亀井登志夫にとっても、それぞれ初のオリコンシングルTOP10ヒットであり、特に康珍化は、翌年以降、小泉今日子「まっ赤な女の子」、上田正樹「悲しい色やね」、杉山清貴&オメガトライブ「SUMMER SUSPICION」など、ヒット常連に上り詰めていくわけですから、本作での共感を呼ぶ作詞力が業界内でも大いに評価されたのでしょう。

優れた流行歌手 松本伊代、表現者としての実力を発揮!

松本伊代の方も、熾烈な争いが繰り返されるアイドル市場の中で、1982年にこの「抱きしめたい」(作詞:康珍化)、1983年に「時に愛は」(作詞:尾崎亜美)、1984年に「ビリーヴ」(作詞:売野雅勇)、1986年に「サヨナラは私のために」(作詞:川村真澄)と、メッセージを前面に出した楽曲で、それぞれ前作以上の高セールス実績を残していきます。

この4作の作詞家はそれぞれ異なりますので、これは詞のチカラ以上に、彼女自身の表現者としての実力と言えるでしょう。無論、歌詞や歌唱だけじゃなくメロディーやアレンジとの相乗効果も切り離せませんが、いずれにせよ、メッセージソングで彼女がそのチカラを発揮したことは間違いありません。

筒美京平が見抜いた “魅力を感じる歌声の人”

松本伊代は特別に歌が上手いと言われるわけではありませんが、このように歌詞に特長がある楽曲でセールスを発揮するということは、やはり “流行歌手として優れている” …ということではないでしょうか。

そして、その際に思い出されるのが、故・筒美京平氏が “魅力を感じる歌声の人” として、しばしば平山三紀(後に平山みき)、南沙織、郷ひろみと共に、松本伊代を挙げていたこと。天才は、人の才能を見抜く能力にも長けているのだな… とあらためて実感させられます。

あなたのためのオススメ記事 オン・ジ・エッジのハラハラ感、松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」
Song Data
■ 抱きしめたい / 松本伊代
■ 作詞:康珍化
■ 作曲:亀井登志夫
■ 編曲:鷺巣詩郎
■ リリース日:1982年11月5日
■ オリコン最高位:9位
■ 推定売上枚数:15.1万枚
■ 100位内登場週数:15週

カタリベ: 臼井孝

© Reminder LLC