【昭和~平成 スター列伝】馬場さんとジャイアンツの4番 神様・川上氏も驚愕!!

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(1)松井のあいさつに馬場はうれしそうな表情を見せた (2)馬場と王が成田空港でバッタリ (3)川上は馬場の大きさに改めてビックリ?

【昭和~平成 スター列伝】先月のプロ野球ドラフト会議で、身長2メートルの二松学舎大付高・秋広優人内野手が巨人から5位で指名された。プロ野球で身長2メートルに届いた日本人選手は、元巨人の馬場正平以来だ。

馬場は1955年1月、新潟・三条実業高を中退して巨人に入団。3年目の57年は一軍で先発登板もあったが、急激な視力低下に見舞われて「脳腫瘍」と診断されたため、暮れに手術を受けた。無事に成功したものの、その後は一軍マウンドに上がることはなく、59年オフに自由契約となった。

馬場といえばもちろん、プロレスラーとしての印象が強いだろう。しかし、仲間というのはありがたいもの。長嶋茂雄はルーキーイヤーの58年のキャンプ初日、馬場とキャッチボールしたことを思い出しながら「馬場ちゃんは俺たちの中では野球人ですから」と話している。

そんな馬場が97年11月15日、静岡草薙球場で行われた巨人―阪神OB戦に参加。帽子を取って礼儀正しくあいさつしているのは松井秀喜だ(写真(1))。馬場のうれしそうな表情が実に印象的。左手でわしづかみにしたバットがずいぶん小さく見える。松井は「自分が小さく感じた」と馬場の巨大さに脱帽だった。

満面の笑みを浮かべた王貞治とのツーショット(写真(2))は85年12月15日、成田空港で撮られたもの。名球会のハワイ旅行に出発する王と、プライベートでハワイに出かける馬場が偶然、顔を合わせた。

甲子園優勝投手の王は59年に巨人に入団するや、ほどなく打者に専念することになり、来る日も来る日も打撃練習に明け暮れた。そんな時、打撃投手を買って出たのが馬場だった。馬場への感謝の気持ちは強く、その笑顔から心底喜んでいるのがよく分かる。

松井、王とくれば「高卒」「左打ち」「巨人の4番」の大先輩として“打撃の神様”川上哲治にも登場願おう。94年11月2日、都内ホテルで行われた読売新聞創刊120周年と巨人軍創立60周年を記念したパーティーでバッタリ(写真(3))。川上のびっくりしたような表情が面白い。

馬場が入団した55年に自身5度目の首位打者に輝いたが、2年連続で3割を切った58年のシーズンを最後に現役引退。そのままヘッドコーチに就任している。2人に接点はほとんどなかったと思われ、川上が馬場の大きさに改めて驚くのも無理はなかったか。 (敬称略)